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包丁とSDGs ―柳刃包丁はなぜ減りやすいのか―

更新日:7月18日



以前「4万食作った包丁と新品の包丁の比較」という投稿で、「ユニバーサルエッジは世界で最も減りにくい部類の包丁・SDGsの貢献度は最高レベル」などと書いたのですが、その記事を読んだ方から、「逆に世界で最も減りやすい部類の包丁ってなんですか?・SDGsの貢献度が低い包丁ってなんですか?」と質問をいただきました。



包丁は、使う人や環境によって減り方が変わるため一概に言えないのですが、私の経験上、最も減りやすいのは「ハガネ製の柳刃包丁」です。



その理由は、ハガネという素材は欠けやすいこと、そして柳刃包丁は刃渡りが長く、切っ先が細いことが挙げられます。

包丁が長いほど周囲にぶつけやすく、ハガネ製の細い切っ先は欠けやすいため、砥ぎ直す頻度が増えます。

実際に、私が砥ぎの依頼でお預かりする和包丁のうち、切っ先の欠けが目立つのは柳刃包丁です。

切った食材の断面を美しくすることが目的の包丁なので、刃欠けは許されず、砥ぐ頻度が上がります。

このような理由から、「ハガネ製(素材)」の「柳刃包丁(形状)」が一番減りやすい包丁と言えます。



参考までに、下は各和包丁の刀身部分のイメージ図です。

右側が切っ先です。

上の柳刃包丁から下の菜切り包丁にかけ、切っ先の角度が広くなっていることがわかり、柳刃包丁が欠けやすいことが想像できると思います。



和包丁の刀身のイメージ














柳刃包丁は、細くて長いため切っ先が欠けやすいのですが、他にも以下の3つの理由から、柳刃包丁は他の和包丁と比較して砥ぐ頻度や量が多い、つまり「減りやすい」ということがわかります。



1:一番刃欠けしやすいが一番刃欠けしてはいけないのでよく砥ぐ(お客様

の前で使うことがある・食材の断面に線が入らないように)



2:常に鋭い切れ味を保つため(食材の断面にツヤを出すため)



3:ソリのカーブを美しく保つため(カーブの度合いの調整をしているうちに刃が減っていく)



たとえば、主に魚の解体に使われる「出刃包丁」は、柳刃包丁と比較して刃渡りが短いことや、切っ先部分が柳刃包丁ほど繊細ではないこと、刃欠けがあっても包丁を使う目的に対して影響が少ないこと、お客様が作業現場を見ることがほとんどないこと、刃先が鋭すぎると逆に使いにくくなるなどの理由で、柳刃より刃線の美しさや切れ味を求められません。

そのため柳刃包丁より砥がれる量が少なくなります(ただし大きな刃欠けが起こりやすいのは、骨を断つこともある出刃包丁かもしれません)。



また、主に野菜を切るのに使われる「薄刃包丁」も、柳刃包丁と比較して刃渡りが短いこと、刃欠けや切っ先部分のソリの美しさについて柳刃包丁ほどシビアではないこと、そしてそもそも切っ先をぶつけにくい形状なので刃欠けしにくく、やはり柳刃包丁より砥がれる量が少ないことなどが、減りにくい理由です。



「菜切り包丁」については、峰の先端が切っ先より前に出ているものが多く、切っ先をぶつけにくいこと、そして両刃であることも刃先の丈夫さに貢献しているので、減りにくい包丁と言えます。


やはり一番長さがあり切っ先が鋭角な「柳刃包丁」は減りやすい傾向です。

美しい断面を作り出すための包丁なので、「出刃・薄刃・菜切り」などと比較して、「刃欠け厳禁の包丁」と言うことができ、砥ぐ頻度が上がるため最も減りやすくなります。



参考:

最も減りやすい「柳刃包丁」と、最も減りにくい「ユニバーサルエッジ」は両者とも「片刃」ですが、以下のイメージ図「砥ぐ面積の違い1・2」でわかるように、砥ぐ面積が全く違います。

以下の図も頭の片隅に置いて今回の投稿を読んでいただければと思います。

赤い部分を砥ぎます。



砥ぐ面積の違い1










砥ぐ面積の違い2 (刃渡り180㎜で計算)















ということで、ここまでをまとめると、減りやすい包丁の代表として「柳刃包丁(片刃の和包丁)」があり、減りにくい包丁の代表として「ユニバーサルエッジ(片刃のシェフナイフ)」がある、ということです。





◎包丁とSDGs 


今回の内容「柳刃包丁はなぜ減りやすいのか」は、「包丁」という道具の本質を考えるために大切な内容だと感じたため、様々な考察や事例を書きました。


その結果、これまでのブログ記事の中でもかなり長い内容です。


包丁業界をけん引する立場の方や、はっきりした理由がないまま柳刃包丁を使っている方々が包丁について考えるときのヒントになればと思います。



下記★印の内容に沿って書きます。


★SDGsと私の仕事

★質問

★20年で90㎜減る包丁

★柳刃包丁の減りは1年で4.5㎜

★ユニバーサルエッジの減りは1年で0.5㎜

★柳刃包丁はなぜ減りやすいのか

★「包丁を大切にする」とは

★砥ぐためのコスト

★維持コストの比較

★330㎜の長さが必要なら

★顧客や家族に対する誠実さ

★刃渡り150㎜以下の包丁しかない寿司屋

★330㎜の柳刃包丁を使う理由

★プロの包丁は減りが早い?

★毎日研ぐ人もいる

★なぜ330㎜の柳刃包丁が売られているのか

★なぜ家庭でも柳刃包丁を使うのか

★家庭で柳刃包丁を買う前に

★SDGs・包丁を作る側ができること

★SDGs・包丁を使う側ができること

★減りやすい和包丁が海外で人気の理由

余談:包丁や切れ味によって味は変わるのか

★まとめ




★SDGsと私の仕事


はじめに、「SDGsと私の仕事」について簡単に書きます。


「SDGs(エスディージーズ)」とは、Sustainable Development Goals(サスティナブル・ディベロップメント・ゴールズ)の略で、日本語では「持続可能な開発目標」と訳されています。

2015年9月、国連で採択されました。


「SDGs」という言葉はネット上でもよく見かけるようになっただけでなく、私が包丁メーカーの方々やデザイナーさんとお話をするために都市部に出かけると、街中でも頻繁に見かけるようになりました。


近年、どの分野の仕事でもSDGsが意識されていて、それは「包丁業界」も例外ではなく、SDGsに沿った包丁を作ることが国際的な流れと言えます。


SDGsについては、ユニセフの子ども向けサイトがわかりやすかったです。

以下参考にしてみてください。


ユニセフサイトより


次に私の仕事についても簡単に書きます。

私は日々、南伊豆のレストラン内にある「包丁なんでも相談室」を中心に、株式会社Yui取締役社長として、以下のような活動をしています。


・家庭で役立つ万能包丁の研究(主に刃渡り200㎜以下のステンレス包丁)


・ユニバーサルエッジ(新カテゴリーの家庭用万能包丁・実用新案登録第3227805号)の普及


・包丁の使い方の普及


・包丁に関する「ユーザー本位」の知識の普及(ユーザー本位が大切)


・シームレス砥ぎ(新しい砥ぎ方)の普及


・包丁砥ぎのための新しい道具の開発


・株式会社Yuiの活動に協力してくださる方々への働きかけ



私の仕事を「SDGs」にあてはめると、17ある目標のうち、4・9・12・17が関連していると思います。


具体的には以下です。


SDGs4:質の高い教育をみんなに

SDGs9:働きがいも経済成長も

SDGs12:つくる責任、つかう責任

SDGs17:パートナーシップで目標を達成しよう



では、本題です。



★質問


質問:

主に刺身を切り、20年で刃渡りが90㎜減る「包丁A」と、刺身も含め、柔らかいものから硬いものまで食材全般を切り、20年で10㎜減る「包丁B」があります。

包丁Aは年間の維持費が7万円、包丁Bは年間の維持費が1000円ちょっとです。

AとBではどちらがSDGsに貢献している包丁でしょうか。



答えは・・・



「包丁B」です。



以下は包丁Aと包丁Bの減り方のイメージです。


包丁Aの20年後のイメージ




包丁Bの20年後のイメージ


包丁Aは包丁Bと比較すると、9倍早く減り、70倍の維持費がかかります。

SDGs貢献度が高いのは包丁Bだとわかります。





★20年で90㎜減る包丁


以前、砥ぎ関連の情報を集めていたときのことでした。

「和食業界で長く仕事をしてきた」という人が書いたサイトの記事に、主に以下のような内容がありました。


「刃渡り330㎜の柳刃包丁を砥ぎ続けて240㎜になりました。もう20年使っています」。


つまり「20年で刃渡りが90㎜減った」ということです。


そのサイトには「私はひとつの包丁を大切に使っています」というニュアンスで表現されていたのですが、私は驚きました。

和包丁は切る食材に合わせて作られた「専用包丁」なので、主に柔らかい刺身を切る柳刃包丁はあまり減らないと思ったからです。

同時に、様々な疑問や発見が頭の中に浮かび、柳刃包丁が減りやすい理由がわかりました。





★柳刃包丁の減りは1年で4.5㎜


私が読んだ記事の柳刃包丁は、20年で90㎜短くなった計算になりますが、これは、年間平均で4.5㎜短くなったことになります。


和包丁には複数の種類があり、各和包丁ごとに「役割分担」があります。

柳刃包丁は「刺身包丁」とも呼ばれ、主に刺身を切るための専用包丁です。

骨や硬い野菜を切るわけではないので、刃欠けの度合いは少ないはずなのですが、年間4.5㎜の減り方は、私にとっては「とても減りやすい」という印象でした。




★ユニバーサルエッジの減りは1年で0.5㎜


以下の写真は、両方ともユニバーサルエッジです。

上が新品、下が4年で4万食を作った後の状態です。


※写真を撮った角度の関係で、同じ長さに見えますが、実際は下の包丁は刃渡りが2㎜ほど短くなっています



万能包丁なので食材を選ばず使い続けましたが、刃渡りの減りは4年で約2㎜(1年で0.5㎜)なので、柳刃包丁の9倍長持ちという計算になります。

刃線の変化は若干ありますが、シームレス砥ぎで砥いでいるため乱れはありません。

錆びにくいステンレス素材なので、4年後もほとんど新品と同じ状態です。




★柳刃包丁はなぜ減りやすいのか


柳刃包丁は、貝類や海藻類を切ることもあり、硬いものに刃が当たることもあるかもしれません。

しかし、基本的に刺身などの「柔らかいもの」の専用包丁です。

硬いものを切ることもあるユニバーサルエッジと比較して、刃が傷みにくい環境で使われます。

しかし私が読んだ記事の柳刃包丁は、ユニバーサルエッジより9倍早く減っています。

「柔らかいものしか切らない」という使用環境を考えると、柳刃包丁は異常な減り方だと感じました。



以下、なぜ減りやすいのか考えてみました。


・刃渡りが長いため、どこかに切っ先をぶつけることがあり切っ先が欠ける


・靭性の低いハガネ製のため刃が欠けやすい


・欠けやすいため時々砥ぎ師にお願いして大胆に砥ぎ直すことがある


・包丁を落とすことがあり切っ先が大きく欠ける


・砥ぎ作業のとき、美しい刃線になるように調整しているうちに減ってしまう(必

要最小限では砥げない)


・複数の和包丁を並べて置いているため他の包丁とぶつかり刃が欠ける(想像です)


・砥ぎ作業を急ぐと欠けてしまう(番手が低いダイヤモンド砥石で鋭利な刃付けをしようとすると刃先がパリパリと刃欠けしやすいそうです)


・錆びやすいから砥ぐ頻度が上がる


・包丁の持ち替えが面倒で、つい硬い食材も切ってしまう


・刺身を切ったあと、刃先をまな板につけたまま包丁を横移動させてしまう



これらの理由があるかと思います。


また、刃欠けの大きさにもよりますが、刃欠けした部分で食材を切ると、刺身の断面に線が入ります(刃欠けに似た刃線形状のパン切り包丁で大根を切ると、断面に線が入っていることがよくわかりますので、興味がある人は試してみてください)。

使う頻度が高い部分に刃欠けがあると、刺身全体に1本の線が入ってしまいます。


冒頭に書いたように、長さのある柳刃包丁は、美しい断面を作り出すための包丁なので、「出刃・薄刃・菜切り」などと比較して、最も刃欠けに気を使う 「刃欠け厳禁の包丁」と言うこともでき、そのことも、砥ぐ頻度が上がる、つまり減りやすくなる理由だと言えます。




★「包丁を大切にする」とは


私が思う「包丁を大切にする」とは、包丁を丁寧に扱うということです。

和包丁は、切る食材ごとに専用包丁があるので、柳刃包丁を使うなら、柔らかい食材を丁寧に切ることが「包丁を大切にする」ということになります。

もちろん刃をぶつけないように、周囲をよく見てから行動することも大切ですし、サビが出ないように、管理を怠ってはいけないと思います。


「包丁を落とさない」ということも大切です。

考え事をしていたり、周囲を見ていなかったりすると、包丁をぶつけたり落としたりする場合があります。

仕事の終わりに包丁を砥ぐ人は、疲れによって意識がもうろうとしているかもしれませんが、それではミスが絶えないので包丁を大切にしているとは言えません。


SDGsという視点から包丁を大切にするなら、「減りやすい包丁を買うなら丁寧に扱うこと」・「メンテナンスができないなら減りにくい包丁を買うこと」が、「SDGs12:つかう責任」としてできることだと思います。




★砥ぐためのコスト


刃欠けした包丁を砥ぐには、それなりの時間がかかります。

荒砥から始め、徐々に仕上げると砥石も減り、粒度の種類も必要になります。

3つの砥石を使うとしたら、保管場所もメンテナンスの手間も、ほぼ3倍になります。


プロに砥ぎをお願いする場合は、砥ぎ費用と数日の時間、そして砥ぎ期間中の代用包丁が必要になります。




★維持コストの比較


ハガネ製の和包丁の保管は、「お湯で洗いすぐに水分を拭く・使った後は油を塗る・新聞紙で包む」などの扱いが必要と言われています。

ステンレス製なら水でサッと洗って放置してもほとんど錆びませんが、ハガネ製の和包丁は違います。


細かい話ですが、お湯で洗えば電気やガス代がかかります。

年間4.5㎜減るということは、砥ぐ時間を費やすだけでなく、砥石も減ります。

刃も砥石も減りやすいので、減価償却という考え方も必要になります。

また、欠けやすい刃先を守るために柔らかい木製のまな板を使えば、まな板を平らに保つためにもコストがかかります。


そして柳刃包丁は、330㎜などの長いものは高価なものが多いことも、コストがかかる一因です。

結局、数万円の包丁を、毎月数千円のコストをかけて維持することになるわけです。


たとえば「包丁・砥石・まな板」の状態を保つために、毎月6000円のコストがかかるとします。

これは一日あたり200円、年間だと7万円以上かかる計算です。


一方、ユニバーサルエッジは、たとえば「本体(1万円)、砥石(1万円)、樹脂製まな板(3千円)」のセットで20年使えます。

これは年間1100円程度、一日あたり約3円のコストです。

ユニバーサルエッジをはじめ多くの万能包丁は1日数円で維持できるので、1日200円の柳刃包丁の維持コストはとても大きいと言えます。



★330㎜の長さが必要なら


柳刃包丁は210㎜から30㎜刻みで売られている場合がほとんどです。

プロが330㎜の柳刃包丁を使うということは、「300㎜以下の包丁ではできない仕事をする」ということなので、300㎜未満になったら次の330㎜に買い換える必要があります。


※プロが長い包丁を使う理由はこちら


上の写真で紹介したように、私が初めて開発した包丁の刃渡りは、新品で195㎜あり、4年間使って193㎜になりましたが、30㎜短くなったら仕事の効率に支障が出るので交換するつもりです。

ただ、そこまで減るのは、計算上、年間1万食を作っても50年以上かかるので、生涯使えそうです。


ということで、プロが330㎜の包丁を買うのは、300㎜では足りないからですが、330㎜の柳刃包丁の頻繁な買い換えはコスト増になり、やはり商品の価格に上乗せされます(240㎜と330㎜の包丁は、価格が2~3倍違います)。


仮に、240㎜でもできる仕事なら、初めから240㎜を2丁買った方が切っ先をぶつけにくく、維持コストを下げられる可能性もあります。



★顧客や家族に対する誠実さ


仮に、「330㎜の柳刃で切った刺身は240㎜の洋包丁で切ったものと比較して味が全然違う(330㎜で切った方が絶対においしい)」と言っている職人がいるとします。

その職人が、もし自宅で240㎜の洋包丁で刺身を切っていたら、顧客に対しても家族に対しても誠実と言えないかもしれません。

人はおいしいものを食べたいと思うのは当然なので、味が全然違うなら、自宅でも330㎜で切るはずです。

240㎜の洋包丁を使うということは、「柳刃でも洋包丁でも味は大きく変わらない・実際は味の違いがわからない」と言っていることになります。


私は仕事でもプライベートでも同じ包丁(ユニバーサルエッジ)を使っていますが、その理由はユニバーサルエッジが本当に便利で、楽しく作業ができるからです。

※ムードを重視するなら自宅と仕事で包丁を使い分けてもよいかもしれません




★刃渡り150㎜以下の包丁を使う寿司店


空港内にある寿司店では、防犯の関係で、人が見ている場所では刃渡り150㎜以下の包丁しか置いていないそうです。

しかもその包丁のハンドルには穴があけられ、金属製のワイヤーでつながれていて、動かせる範囲が制限されています。

断面のツヤは330㎜の柳刃に劣るため、職人の中には「長い包丁を使いたい」と思う人もいるそうですが、150㎜未満の包丁しか使わない寿司店でも経営が成り立っているということは、お客様にとって大切なことは、刺身の断面のツヤだけではないことを意味しています。

刃渡り150㎜の包丁を使っても寿司店の経営が成り立つということが意味することを考えると、包丁に対する新しい発見があるかもしれません。





★330㎜の柳刃包丁を使う理由


和食の現場では、お客様と対面する「カウンター席」がある店もあります。

カウンター席で食材を切るときは、330㎜では長すぎるため、240㎜までが一般的だと聞いたことがあります。

これが本当なら、240㎜でもお客様に見せるレベルの仕事ができてしまうことになります。


330㎜の柳刃包丁は、「業務用・プロ用」です。

プロはお金をいただいてお客様の利益を追求するはずですから(WinWinの関係)、少なくとも330㎜の包丁を使うからこそ顧客に利益があるという状況で330㎜を使うはずです。





★プロの包丁は減りが早い?


プロの包丁の減りが早い一番の理由は「たくさん切るから」です。

柳刃包丁の場合は「ハガネ」という欠けやすい素材を使っているから、という理由もあります。


私が砥ぎの依頼でお預かりする包丁の中には、「刃先に小さな欠けやつぶれが多く、雑に扱われている」という印象のものも多くあり、私は「同じ食材を同じ包丁で切る」という条件なら、プロが使う包丁の方が減りにくいと考えています。

一般の人よりもプロの方が、包丁にとって少ない負担で食材を切ることができるからです。


この意味では、「プロの包丁は減りが遅い」と言えますが、プロは「切る量」が違います。

一般家庭の10倍の量を切れば、刃先をぶつけたり、刃先にかかる負担は大きくなったりするので、プロが使う包丁は減りやすいと言えるかもしれません。


また、切れ味の良い包丁ほど作業効率が上がるため砥ぐ頻度も増えるので、必然的に減りやすくなると言えます。


そしてプロの中にも、包丁を大切に使う人とそうでない人がいます。

大切に使う人は、目的に合った包丁を手に取り丁寧に扱います。

柳刃包丁で凍ったものや骨は切らないと思いますし、周囲に気を配りながら作業をしていれば周囲にぶつけることもありません。

頻繁に刀身を拭きながら作業をすれば、錆が出にくく砥ぐ量は少ないはずです。

逆に、包丁を大切にしないプロの包丁の減り方は、とても早いと思います。


価値観は様々なので、包丁を丁寧に扱うか雑に扱うかは人それぞれですが、プロにとって包丁は、自分の生活を支える道具であるのと同時に、お客様に喜んでいただくための道具です。

やはり、道具に感謝しながらある程度丁寧に扱う必要があると私は思います(特にハガネの包丁は)。


私は仕事でステンレス包丁を使っていますが、刃渡りは1年で0.5㎜しか減りません。

また、私が使っている包丁は、柳刃包丁のように柔らかい食材を切るためではなく、その包丁だけで全ての作業をする「万能包丁」です。

切る食材を選ぶことができなくても、刃欠けしにくい鋼材を選び、使い方を工夫することで、包丁の寿命を延ばすことはできるはずです。





★毎日砥ぐ人もいる


柳刃包丁を使うプロの中には、「毎日砥ぐ」という人も少なくないそうです。

ハガネ製の包丁を毎日砥げば減りやすいのは当然と言えます。




★なぜ330㎜の柳刃包丁が売られているのか


330㎜の刃渡りを必要としている人がいるのは確かだと思います。

しかしそれは顧客のためというよりも、「和包丁の文化を絶やしたくない」というこだわりや、刃渡りが長いほどカッコイイと感じる人が多いこともあるかもしれません。

また、刃物のコレクターが買う場合もあると思います。

さらに、売る側の立場から見れば、長い包丁ほど利益率が高い傾向があり、長いほど「売りたい包丁」と言えるかもしれません。

長いと砥ぎにくいため、研ぎに出す頻度が増え、より「砥ぎ代」も高価になるので、研ぎサービスによる利益も大きいと思います。


330㎜の柳刃包丁が売られている理由をまとめると、以下のようになります。


・どうしてもその長さが必要なユーザーがいるから


・長い柳刃包丁の文化を維持したいから


・長いほどカッコイイと思っているから


・コレクションとして買いたい


・売って儲かるから


・砥いで儲かるから






★なぜ家庭でも柳刃包丁を使うのか


柳刃包丁も筋引き包丁も刺身を作る時に便利ですが、総合性能で見た場合、筋引き包丁(両刃の洋包丁)の方が優れています。

和食の職人でも、「仕事ではムード重視で柳刃を使うけど、家では洋包丁を使ってるよ」と言う人もいます。


しかし、家庭でも柳刃包丁を使っている人はいます。

では、なぜ柳刃包丁を使うのか。

きっと以下のような理由があるのかと思います。


・柳刃包丁を砥ぐのが楽しいから


・見た目がカッコイイから


・調理師専門学校時代に買ったから(愛着)


・憧れの芸能人が使っていたから


・師匠から「家でも柳刃包丁で切りなさい」と言われたから


・親が持っていたものをもらったから


・趣味として楽しみたいから


最後にある「趣味として楽しみたい」というのは、車で言えば、「クラシックカー」などと呼ばれるジャンルに似ているかもしれません。

クラシックカーは、維持費も手間もかかり、実用面での総合性能は現代のファミリーカーにおよばないと思います。

しかしムードを楽しみたいという人もいますし、カスタムして楽しむ人もいます。

ほとんど乗らず、美しく磨き上げて楽しむ人もいます。


柳刃包丁は、SDGsという意味では時代に逆行していると思いますが、心の部分での楽しみ方がある包丁と言えそうです。



★家庭で柳刃包丁を買う前に


家庭用として柳刃包丁を買おうか迷っている人にメッセージです。

私が主催する「包丁なんでも相談室」のお客様とも話すことがあるのですが、柳刃包丁は、現代の食文化をベースとした場合、家庭用として一家に一本必ず必要な包丁ではありません。

それは、どの包丁メーカーも、家庭用の最初の一本として柳刃包丁をお勧めしていないことからもわかると思います。

個人の趣味として「デザインが好き・ムードがいい」という「感覚的なもの」を優先して買うのはもちろんありですが、道具として購入を検討しているとしたら、以下のようなことを確認してみてください。


簡単に言えば、「なぜ必要なのか」です。


「柳刃包丁」は万能包丁ではないので、キッチンに包丁が一本増えることになります。

包丁が増えれば、保管や持ち替え、メンテナンスなどの手間が増えます。

購入費用もかかります。

「切れ味」は、刃渡りの長さも大切ですが、切り方、砥ぎの精度と砥ぎ角、刃の厚さなどで決まり、柳刃包丁だから切れ味が良いというわけではありません。


※和包丁の切れ味が良い理由はコチラ


柳刃包丁は、切れ味を維持してこそ意味があるので、家庭では定期的にプロに砥ぎをお願いすることになり、コストもかかります。

家庭レベルでは、しっかり砥いだ180㎜の万能包丁の刃渡りを全部使えば、柳刃包丁と同じように切れる場合がほとんどですし、万能包丁は他の作業にも使え、維持コストがほとんどかからない包丁です。



「刺身包丁」として薄い刀身の筋引き包丁(両刃の洋包丁)が販売されていることからも、刺身を切るときに厚みのある柳刃包丁(片刃の和包丁)でなければならない理由がないことがわかります。

「柳刃包丁には片刃特有の裏スキがあって切れ味が良い・身離れが良い」と言う人もいますが、実際の裏スキの意味は「砥ぎやすさ」のためです。

仮に切る作業に裏スキの効果があるとしても、何時間も使わないとその差がわからないレベルの違いだったり、刺身を左側から切るそぎ切りのときはどうなのかという疑問が残ります。


このようなことを考えると、家庭用に柳刃包丁を買い足すメリットはほとんどなく、万能包丁を効率良く使う方が多くのメリットがあり、SDGsという面からも推奨されることだと思います。


豆知識:

・柳刃包丁の刀身が厚い理由→昔は厚い刀身しか作れなかった(現代も当時の文化が残っているため刀身が厚い)

・片刃の理由→刀身が厚くても砥ぎやすくするため(現代は薄い刀身が作れるので両刃でも砥ぎやすい・片刃ならもっと砥ぎやすい)

・ハガネの刀身の理由→昔はステンレスがなかった

・和包丁だから切れ味が良いのか→いいえ、切れ味は切り方と砥ぎの精度で決まる


※裏スキの意味についてはコチラ 


※和包丁はなぜ片刃なのかについてはコチラ





★SDGs・包丁を作る側ができること


多くの企業は「社会貢献・お客様の笑顔」のために存在しています。

包丁メーカーももちろんユーザーのために存在します。

しかし実際は、包丁メーカーの営業マンでも、自社の包丁の性能や使い方について理解していないまま販売していることもあり、包丁メーカーが本当にユーザーのことを考えたら、やるべき課題はたくさんありそうです。



たとえば、



・売上本位になっていないか(自分なら選ばない包丁をユーザーにオススメしていないか)。


・メーカーのためのユーザーになっていないか(売り上げのためにユーザーに対して不誠実になっていないか)。


・ユーザーに自社製品のメリットを説明できるか(自社の包丁のことを理解しているか)。


これらを再確認する必要があるかもしれません。


「ユーザーが本当に望むサービス」を提供できる企業は、SDGsに貢献していると言えるはずですし「必要とされる企業」だと思います。 社員研修で包丁の基礎を学ぶだけでも、ユーザーからの信頼を得られ、ユーザーが安心するはずです。





★SDGs・包丁を使う側ができること


SDGsの視点から「包丁を使う側」ができることは、やはり包丁関連の知識を増やすことと、正しい使い方を覚えること、そして砥ぎ方を覚えることです。


たとえば、


・和包丁と洋包丁の違い


・片刃と両刃の違い


・ステンレスと鋼の違い


・全鋼と割り込みの違い


・切れ味を生み出すものの本質


・スライド切りとスイング切りの違い


・包丁の砥ぎ方


このあたりを覚えると選ぶ包丁が決まってきます。



「包丁や砥ぎのことは職人しかわからない」と思うかもしれませんが、実際は、家庭用包丁の基礎程度だったら単純です。

また、職人だからといって「なんでも知っている」「なんでもできる」というわけではありません。

私も知らないことがたくさんあり、できないことがたくさんあり、勉強の日々を送っています。


「野菜を切るから菜切り包丁・刺身を切るから柳刃包丁」と、勧められるまま買うという考え方は安易すぎると思います。

再び「車」で例えますが、一般家庭で車を買うとき「荷物を運ぶから軽トラ」「速く走りたいからスポーツカー」「人をたくさん乗せたいからマイクロバス」という買い方はしません。


多くの家庭では、結局なんでもこなすファミリーカークラスになると思います。

一般家庭で包丁を買うときも同じだと思います。


包丁は車と比較して安価ですから、何本あってもいいのかもしれませんが、それでは使わない包丁が増えていくだけで、資源のムダです。


日本の一般家庭用として考えた場合、なんでもこなす刃渡り180㎜前後、重さ150g前後の牛刀を買っておけば問題はありません。

まな板も、ポリエチレンやエラストマーの柔らかめの樹脂製が万能です。

ユーザーにとってのSDGsは、必要最低限の道具を最低限のコストで維持し、最大限有効に使って料理を楽しむことだと思います。





★減りやすい和包丁が海外で人気の理由


現在、「日本ブーム・和食ブーム」によって和包丁が海外で人気ということは間違いないのかもしれませんが、人気の本質をひと言でいうと「イメージ戦略」の効果です。


私がそう感じる理由は、実際は和包丁は砥ぐのが面倒で減りやすく、洋包丁の方がメンテナンスが楽で高コスパだからです。


私が知る限り、日本では和包丁を使う人は減り続けているように感じます。

また、実務経験からも、「刃物として和包丁が優れているから人気がある」ということではないと感じています。


一方で、海外で和包丁の人気がある主な理由は、「切れ味が良い・切れ味が長続きする」ということらしいですが、その内情は、売る側による強いバイアスをかけたイメージ戦略があるように感じます。


※「和包丁と洋包丁の切れ味の比較動画」を見ると、意図的に洋包丁の切れ味を落とす実演をしているように見える動画もあり、私は違和感があります。



参考までに、私が考える「切れ味」については以下です。

良い切れ味を生み出すのは、砥ぎの鋭さや刀身のデザインだけでなく「切り方」が重要、という話です。

「切り方と切れ味の関係 ―和包丁の方が切れ味が良い理由― 全3話」



海外からの観光客が日本で和包丁を買って帰る場面も多いと聞きます。

しかし包丁を売る側の一部は、購入者自身が和包丁の切れ味を維持できないことをわかっていて販売しているような印象があります。

包丁の切れ味を決めるのは「砥ぎ」と「切り方」なので、自分で切れ味を満足できるレベルで維持できる外国人は、母国の包丁の切れ味も維持できるはずです。

外国人が和包丁の切れ味に感動するということは、「その人に砥ぎの技術がない・切り方の基礎をわかっていない」ということになり、そのような人が自国に帰ってから和包丁の切れ味を維持できるかは疑問です。


「切れ味が良いから買う」と言っている外国人にとって、切れ味が落ちた和包丁は、洋包丁より扱いにくい包丁になってしまうかもしれません。


メンテナンスが大変で使わなくなり、錆びてしまった和包丁が海外にたくさんあることが想像でき、SDGsという意味ではマイナスになってしまいます。

包丁については「バイアスがかかった教育」ではなく、和包丁でも洋包丁でも砥ぎ方と切り方で切れ味が変わることを教える「SDGs4:質の高い教育」が求められている気がします。


いま、和包丁が海外で人気があるとしても、それが正しい情報をベースにした本質的なものなのか、それとも、バイアスのかかった情報発信とインバウンドの波に乗り「売れるうちに売る」という短期的な利益を追求したものなのか・・・

前者なら、日本の刃物は将来世界中から信用されます。

逆に後者なら、日本の刃物業界の衰退は避けられません。

地球規模のグローバル化に伴い、本質的な情報交換がやりやすい時代になりました。

「刃物を作るとはどういうことか」という原点を見極めるには良いタイミングかもしれません。





余談:包丁や切れ味によって味が変わるのか


柳刃包丁を使っている理由を調べると、「長い刃渡りで断面にツヤを出すので舌触りが良くなりおいしくなる」という説明が目立ちます。


食材によっては「究極の切れ味のハガネの包丁」で切ったものがおいしいと言われることがありますが、私は普段「実用的な切れ味のステンレスの包丁」を使っています。


しかし私が働いているレストランの料理を「おいしい!」と笑顔で言ってくださるお客様もいらっしゃいます。

その理由をサービス業の視点から書くと、大切なのは「究極の切れ味」ではなく「笑顔での接客・清潔なトイレ・お客様との会話」など、「環境」から生まれるものだと感じています。

逆に、同じものを食べても、接客にミスがあれば、「あの店はおいしくない」と言われることもありえます。

接客業をやっていると、「人は包丁の切れ味ではなく、心で食べている」と感じる部分が大きく、私個人としては、包丁の切れ味による味の差よりも大切なものがあると感じています。


※包丁とおいしさについての詳しいことはコチラを参考に





★まとめ


現代は「減りにくい包丁」が販売されています。

実際に、業務に耐える切れ味を手軽に維持しながら、20年で刃渡りが10㎜しか減らない包丁が1万円前後で手に入ります。


また、仕事で和包丁を使う職人の中には、自宅では洋包丁を使っている人もいるという事実もあります。


仕事を辞めた知人が、「これは仕事でしか使いませんでした」と錆びた和包丁を見せてくれたこともありましたが、自家用として使わない理由は「メンテナンスが面倒だから」ということでした。

そして、その知人が「普段使っている包丁です」と見せてくれたのが、刃渡り210㎜の片刃のシェフナイフ(ユニバーサルエッジに近いもの)でした。


もし50年前にスマホがあれば、電話機もカセットテープもカメラも不要でしたが、当時はスマホを作る技術がなく、それぞれ個別の機械が必要でした。

しかし文明が進歩した現在は、その全部が「スマホ」というひとつの板に収まっています。


同じように、もし50年前にユニバーサルエッジがあれば、出刃も柳刃も薄刃も使わなかったはずですが、当時はユニバーサルエッジを作る技術がなく、それぞれ個別の包丁が必要でした。

しかし文明が進歩した現在は、その全部が「ユニバーサルエッジ」というひとつの包丁に収まっています。


和食の職人でさえ自家用として「片刃のシェフナイフ」を使う時代です。

ステンレス製の洋包丁の薄い刀身に、和包丁の刃付けをした「片刃のシェフナイフ(ユニバーサルエッジも片刃のシェフナイフの一種です)」がどれだけ便利なものか想像できると思います。



最後に「柳刃包丁はなぜ減りやすいのか」の答えのまとめです。


「和包丁の中で最も欠けやすいから」


「性能を維持するために多く砥ぐ必要があるから」


このあたりが本質的な答えになりそうです。




以上です。

包丁とSDGsの関係に興味がある人の意識改革のお手伝いができればと思います。


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