「プロが使う包丁はなぜ長いの?」という質問をいただきました。
「大きなものを切るから」という答えが一般的なのですが、
もちろん他にも理由があります。
インターネットで見つけることができなかったことも含め、私の答えを書いてみようと思います。
主に洋食のシェフが使うような刃渡り240㎜~300㎜の包丁をイメージしていただけたらと思います。
後半部分には「切り方動画」も添付しました。
参考にしていただければうれしいです。
プロの包丁が長いのは、以下の理由があります。
1:大きなものを一回で切る
2:切った食材の断面をキレイにする
3:包丁の重さを利用する
4:細かい作業はペティを使うから(だから思い切って長い包丁を持てる)
5:スイング切りをするため
6:厨房が広いから
7:カッコイイから
8:周りのプロがみんなが使っているから
9:長い包丁を薦められたから
上記の説明も含め、以下にもう少し詳しく書きます。
●大きなものを一回の作業で切りたいから
キャベツや白菜、スイカなどを丸ごと切るときは、刃渡りが長いと便利です。
私の場合、6号(18㎝)のケーキを切る関係で190㎜の刃渡りがあれば充分なのですが、もっと大きいケーキを切るなら、さらに刃渡りがあると便利です。
下図のように、ケーキより刃渡りが長い方が切りやすいです

●キレイな断面を作りたいから 「キレイな断面」にも3種類あります。 「ツヤがあってキレイ」「往復の線がないからキレイ」「断面のズレがなくてキレイ」です。 包丁の刃渡りが長いほど、この3つを実現しやすくなります。 「ツヤがあってキレイ」というのは、ザラザラではない断面です。 包丁を往復させず、かつ刃渡りを長く使って切るほどツヤが増します。 下図の青い包丁の切り方は、赤い包丁と比較して断面にツヤが出ます。

「往復の線がないからキレイ」というのは、包丁を往復させたときにできる線が入っていないことです。 「断面のズレがなくてキレイ」というのは、ケーキやスイカなどを刃渡りが足りず2回に分けて切った時にできる面のズレの跡です。 ●包丁を往復させず切りたいから 上に書いたように「断面に線を入れない」という目的で包丁を往復させないことが大切ですが、もうひとつ、「疲れにくい」という効果があります。 300㎜の刃渡りを使って切るときに、片道300㎜で切るのと、50㎜の往復を3回(合計300㎜)するのでは、前者の方が動きが単純なので疲れにくいです。 ●「肩の引き切り」で食材との支点から先をオモリとして使いたいから(主にキャベツの千切りが早い) 「肩の引き切り」とは、包丁のホームポジションに構え、肘と手首の関節を動かないようにし、肩の関節を中心に肘を前に出して包丁の切っ先を持ち上げ、同じく肩の関節を中心に包丁を振り下ろして食材を切る方法です。 運動会のリレーのとき、バトンの代わりに包丁を持っている姿を思い浮かべると、包丁がどのように動くか想像できると思います(あくまでもイメージです)。 ※肘の関節を使う「肘の引き切り」、手首の関節を使う「手首の引き切り」、指の関節を使う「指の引き切り」もありますが、長い包丁では疲れます 大量調理の現場では、キャベツの千切りや玉ねぎのスライスなどに「肩の引き切り」を使うことがあります。 「肩の引き切り」でキャベツの千切りをするとき、刃渡りが短い包丁(軽い包丁)では、「振り下ろす力」が必要になりますが、長い包丁は食材との接点を支点にして、その先をオモリとして使うことができ、楽に振り下ろせます。 下図オレンジ色の部分がオモリの役割になります。 長い包丁の方が効果的です。

長い包丁は軽い包丁と比較すると、振り上げるときに力が必要になりますが、食材の高さ、硬さ、奥行き、そして刃渡りの長さの組み合わせがうまくいくと、とても楽に切れます。
刃渡りが不用な食材に対しても長い包丁を使って肩の引き切りをすることがあるのは、ある程度硬い食材が「オモリ効果」でリズムよく楽に切れる場合があるからです(包丁を持ち替えるのが面倒だからという場面もあります)。
また「引き切り」は、動きがコンパクトなので、条件(食材の高さ・硬さ・奥行き、包丁の刃渡りの長さの組み合わせ)が良ければ疲れにくい切り方です。
引き切りは動きがコンパクトな反面、スライド切りと比較して刃の移動距離が短いため、「食材の断面のツヤ」という面ではスライド切りに劣ります。
しかしキャベツの千切りは、断面のツヤはほとんど見えないので、半玉を丸ごと切るような大量調理の現場では、ツヤよりも全体の効率を優先し、「肩の引き切りと長い包丁」の組み合わせが好まれる場面があります。
※「キャベツの千切り・引き切り」などで調べると、動画があると思います
私の場合は、キャベツの葉を数枚剥がし、芯を取り除いて丸めてから「スライド切り」をします。
その理由は、大量調理ではないことや、細さが安定すること、そして微妙ではあるのですが、仕上がりが良いこと、そして刃渡り190㎜・重さ150g前後の軽めの包丁を使っているため、肩の引き切りでは切りにくいからです。
ただ、厨房が混雑しているときは、通路を移動するスタッフに肘が当たらないようにするために、「引き切り(引き切りは腕が後ろに出ない)」を使うこともあります。
「狭い厨房で、後ろを通る人の邪魔をしないように切ることができる」というのも、「引き切り」の利点と言えます。
●切れ味を増したいから(刃渡りを長く使うことで) 切れ味は、砥ぎ角と刃渡りの長さが関係しています。 食材の硬さにもよりますが、同じ砥ぎ角なら、刃渡りを長く使った方が切れ味が増し、食材をつぶさずに軽い力で切ることがきます(結果的に断面にツヤが出ます)。 ●スイング切りを楽にしたいから 「スイング切り」は、洋食の世界で見る「玉ねぎのみじん切り」を想像するとわかりやすいです。 洋食の世界では、行程によって2種類のスイング切りを見ることができます。 みじん切りを作る行程のスイング切りと、みじん切りの後の最終仕上げのスイング切り(私は「二度打ち」と呼んでいます)です。 下図のように、前者の行程では、刃渡りが短いと食材が手前に動いてしまいます。

後者の行程では、刃渡りが短いと時間がかかります。
これらを防ぎ、楽に作業をするために長い刃渡りが有効です。
※スイング切りの種類
スイング切りにも種類があり、切っ先を前後に動かさない純粋な「スイング切り」と、スライドさせながら切る「スライドスイング切り」、さらに、スライドスイング切りの中にも切っ先を持ち上げる切り方があり、刃渡りが短い包丁ほど、切っ先を持ち上げることになりやすいです。
刃渡りが短い包丁で高さのある食材を切るときは、包丁を持ち上げないとスイング切りしにくいからです。
食材の大きさに合わせて自然に身体が動くことが多いので、どんな切り方をしているか本人もわかっていないことがあります。
参考:私の玉ねぎのみじん切り
私の玉ねぎのみじん切りは、スイング切りではなくスライド切りだけです。
スライド切りは安全かつ細胞が潰れにくいことと、ユニバーサルエッジの刃離れ効果によって玉ねぎがまとまっていることなどから、早くて簡単、安全で涙が出にくい切り方です。
洋食の世界で見られるペティナイフとの持ち替えもなく、1本だけで作業が終わります。
そしてなにより、切っていて楽しいです(^^♪
https://www.katabayui.com/post/tamanegi
●スイング切りで静かに切りたいから
複数のスタッフで仕込みをするときや、営業中の静かな店の厨房で仕込みをするときなどは、音が出ないスイング系の切り方が有効な場合があります。
私は基本的に「トントントン」と音が出る「スライド切り」を使いますが、「ここで音を出すのはよくない」と感じた時は、音の出ない「スイング系」の切り方に変えることがあります。
「スイング切り」を使うのは、主に以下のような理由からです。 「刃線の乱れ」「それまでの慣習」「音の配慮」などです。 「刃線の乱れ」というのは、アゴ側の刃線がへこんでしまい、スライド切りでは切り離れが困難になるためです。 アゴ付近の刃線がへこんでしまう理由は、簡易シャープナーや砥ぎ棒(プロ)を使っているからです。 また、刃線がへこんでいないのにスイング切りをするのは、変形したまな板を使っているため、切り離れを確保するために自然とスイング系の切り方になっていく場合があるからです。
「それまでの慣習」というのは、「そう教えてもらったから」「なんとなく」というものです。
洋食系の調理師専門学校では、基本的にスイング切りを教えるため、スライド切りが有効な場面でもスイング切りをすることがあります。
実際は、使う包丁の種類やまな板の状態、切る食材などによって切り方を変えた方が、安全で早く、料理が楽しくなります。
※薄刃包丁を使う人は自然にスライド切りを使っています
「音の配慮」というのは、静かに切るためです。
スイング系の切り方の利点は「音が静か」ということなので、家庭では赤ちゃんを起こさないで切ることができたり、テレビの音の邪魔をせず切ることができます。
参考までに「4種類の切り方」を動画にしてみました。
包丁の動きの違いをわかりやすくするために、全て人参の千切りの行程ですが、実際は食材の大きさや環境によって使い分けます。
長い包丁を使う場合によく見るのは「スイング切り」と「スライドスイング切り」です。
動画にはないのですが、家庭では包丁全体を持ち上げるタイプのスライドスイング切りが多い気がします。
スライド切り
スイング切り
スライドスイング切り
垂直切り
見やすいようにまとめてみました
●切っ先の引き切りが楽だから 切っ先をまな板につけたまま、ハンドルを上げ、引いて切る方法です。 刃渡りが長い方が楽に切れます。 刃渡りが短い包丁(赤)だと、食材が手前に移動してしまいます。

●プロには男性が多いから 身体の軸がブレる切り方は疲れるので、イレギュラーなものを切る場合を除き、身体の軸をぶらさずに切りますが、身体の軸をぶらさず包丁を動かせる距離は、主に肘の移動距離に依存します(腕が長い人の方が体の軸をブラさずに、刃渡りの長さを有効に使えます)。 また、男性の方が筋力があり、長い包丁(重い包丁)を持つことが苦になりません。 プロの現場では男性が多いので、このことからも、プロの現場では長い包丁を使うことが多くなると言えます。 ●厨房が広いから レストランの厨房の方が一般家庭のキッチンより広い場合が多く、長い包丁を使っても邪魔にならない環境です。 ●ペティナイフがあるから 長い包丁は多くの場面で便利ですが、細かい作業には不向きです。 そのため、プロの現場にはペティナイフがあり、細かい作業に使われています。 プロが長い牛刀を使うのは、「長い牛刀は重いからペティを使おう」「ペティがあるなら思い切って長い牛刀を使おう」という相乗効果と言うこともできます。 車に例えると、ドライブを楽しむためのスポーツカーと、荷物を運ぶための軽トラの2台持ちのように、役割をしっかり分担していると言えます。 家庭用包丁は、1台でドライブも荷物もこなせるファミリーカーと言えるかもしれません。 プロの世界では、おそらくペティと牛刀の差が、刃渡り100㎜以上、重さ100g以上です。それくらいの差があるなら2本持ちでいいと思いますが、私がオススメする家庭用包丁は業務用ほど長くなく、比較的軽いものなので、ペティナイフがなくても作業ができ、実際私は9年間、ほとんどペティナイフを使わずに仕事をしています。 その他
●カッコイイから
●周りのプロがみんなが使っているから
●長い包丁を薦められたから
などの理由で長い包丁を使っているプロもいるようです(^^♪
これは、料理の効率というよりも、「雰囲気」を重視した選び方かもしれません。
「なんでその長さが必要なんですか?」と尋ねてもわからず、「薦められて買ったんですが、ここまで長い包丁は砥ぎにくいし使いにくいと思います」と笑っていた調理師もいました。
また、ある海鮮料理店の親方からは、「これもらったんだけど、使わないからあげるよ(長いから使わない)」と、刃渡り330㎜の包丁をいただいたこともあります。
理由は他にもあると思いますが、以上が私が考える「プロが使う包丁はなぜ長いんですか?」の回答です。
プロが使う包丁には「その長さ・重さ」が必要な理由があり、一般家庭より長い包丁を使うことは確かだと思います。
ただ長いほど良いというものではないかもしれません。
最後までありがとうございました。