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包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるんですか?

更新日:3月14日



◎包丁の切れ味とおいしさの関係


「包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるんですか?」という質問をいただきました。

「切れ味が良いとおいしくなる」という宣伝を見た方からの質問でした。




この質問の答えは、ある意味「はい」、ある意味「いいえ」、ある意味「わからない」と言え、それぞれ説明ができます。



包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるかどうかは「捉え方」によって違うので、私の調理の経験や実験データを元に書きます。





◎味付けをしない生のニンジンの場合


切れ味が良い包丁Aと、切れ味が悪い包丁Bでニンジンを切った場合の話です。



玉ねぎのみじん切りでもわかるように、Aは、細胞をつぶすことなく切ることができ、涙が出にくくなります。

Aで切った場合は「玉ねぎのニオイの成分が出にくくなる」ということですが、Aで人参を切った場合も同じことが起こり、ニオイの成分が出にくくなります。



AとBそれぞれでニンジンの輪切りをした場合、Bで切った方がニオイ成分が出ているため、舌に乗せただけでニンジンの香りや味がわかりやすいのはBです。

また、AとBそれぞれで同じ太さのニンジンの千切りを作った場合、理論上食感が柔らかく、香りが出るのはBで切った千切りです。



【切れ味が良い包丁Aで切った場合】

①輪切りは舌ざわりが滑らかで香りがない

②千切りはツヤがあり張りがある



【切れ味が悪い包丁Bで切った場合】

①輪切りは舌触りがザラザラで香りがある

②千切りはツヤがなく柔らかい



玉ねぎのみじん切りに置き換えて考えれば当然予想される結果ですが、AとBで切ったニンジンを生で食べた場合、どちらを「おいしい」と感じるかは個人の主観です。

また、噛み始めるとAとBの特徴の差はなくなり、味の違いはわからないと言える状態になります。

さらに、AとBの差は、「生で食べる」という実験でわかる程度の差であって、現代人がそもそもニンジンに味付けをせず生で食べるのかどうかも考える必要があります。

最終的に、ドレッシングをかけたり他の野菜と混ぜたり、加熱調理をしたりして、「食卓に出す直前の状態」では、AとBの差はわからなくなると予想できます。



次に、視覚的なものでは、A(切れ味が良い)で切ったニンジンの方が断面にツヤがあり、断面に反射した光がキラキラと輝くため、B(切れ味が悪い)で切ったものよりおいしそうに見える効果があります。

時間が経つほど、そしてドレッシングをかける面積が広いほど、その差はなくなると思います。

もちろん感じ方は人それぞれなので、差がないと感じる人もいるかもしれません。





◎野菜では味の差が出にくい


上にも書いたように、AとBではニンジンの断面のツヤに差が出ます。

ツヤがあるほどおいしそうに見えますが、ツヤがあるほど野菜からの香りは出なくなります。


そして、ほとんどの野菜は、味をつけたり熱を加えたりするので、その時点でツヤも香りも重要ではなくなり、結果的に切れ味の良し悪しが味に影響することはないと言えます。


毎日のように味付けしない野菜の千切りを食べる人にとっては切れ味の差は大切な場合もありますが、現代の生活様式では、そのような人は皆無です。


もし試すのであれば、AとBで切った食材を使った同じ料理を出して、「どっちがおいしかったですか?」と尋ね、90%の人がAで作った料理を選べば、「切れ味が良いとおいしくなる」と判断できると思います。





◎切れ味の差が出るとしたら「刺身」?


切れ味の良し悪しの差は、味付けをしない状態の食材で差が出るので、生で食べる「刺身」の味に対して影響が大きいと言えるかもしれません。

特に、プロが砥いだ究極の切れ味の包丁で切った刺身は、ドリップが出ず、ツヤがありおいしいと言われることがあります。


切れ味の差がどの程度あれば刺身の味が変わるのか実験をする必要がありますが、私は、「究極の切れ味の柳刃包丁」で切った刺身と「切れ味の悪い柳刃包丁」で切った刺身の味を比べたことがないので、差がわかりません。

少なくとも、私が仕事をしているレストランにある複数の包丁の切れ味の差では、どれも同じ味だと思います。


切れ味の差によって刺身の「舌触り・香り」に差が出るのは間違いないのですが、しょうゆなどの味をつけてから食べる通常の食べ方では、少しの切れ味の差によって人を感動させるほどの大きな差が出ることはないと思います。





◎包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなることの本質


私は切れ味が良い包丁が好きですが、その理由は、切る作業が楽しくなるからです。

切る作業が楽しいと料理が楽しくなり、その結果、笑顔で料理を出すことができます。


怒っている人や清潔感がない人、または嫌いな人などが作った料理は「食べたくない」と感じる人が多いと思いますし、食べてもおいしくないと感じるはずです。


人は「心」で食べている面が大きく、料理を作る側が笑顔で料理を出すことで、食べる側が料理をおいしく感じることは充分にありえます。


切れ味の良い包丁は、食材を直接おいしくすることはできなくても、その包丁を使った人が

笑顔になることで、間接的に料理をおいしくする力があるかもしれません。

それが、「包丁の切れ味が良いとおいしくなる」だと私は思っています。


少なくとも私の仕事(レストラン)では、常連さんから「今日のカレーはおいしいね、包丁を砥いだばかりでしょ?」と言われたことはありません。

つまり、味付けや熱処理をする料理では、切れ味の違いによる食材の味の違いがお客様に伝わらないということです。

味に影響を与えるのは、切れ味よりも「炒める油の温度・スパイスの炒め時間・水分の蒸発量・提供するときの温度」などの方が大きいと思われます。

また、厨房の温度そのものが冬と夏では違い、同じ調理時間でも食材の反応が違うため、味に差が出ます。

さらに、季節ごとに野菜の味も変わり、場合によっては品種が違う野菜、産地が違う野菜も使いますから、いくら努力しても味に差が出ます。

それらの条件の中で「良い切れ味」が果たす役割は、「味の向上」ではなく、やはり「楽しい」ということが大きな要素だと感じます。





◎科学的エビデンス


「切れ味が良いと料理がおいしくなる」という言葉は実際に聞くことがありますが、「科学的根拠がある」という話も耳にすることがあります。

切れ味が良い包丁と悪い包丁に差が出ることは間違いありません。

ツヤの差と香りの差については、誰でも確認できると思います。


しかしその差が、食卓の上に並んだ料理を通して「相手に伝わるかどうか」はわかりません。

AとBで作った料理(味付けや熱処理が済んだもの)を食べた人が、その差がわかるのか、そんな実験も必要かもしれません。





◎包丁の切れ味を決める要素


仮に、包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるということが事実だった場合、おいしい料理を作るためには、「おいしくなる切れ味」を維持する必要があります。

そして、包丁の切れ味を決める要素は以下です。




1:包丁の素材の種類

鉛や金のような柔らかい金属ではすぐに切れなくなりそうだと想像できます。

単純に硬いほど良いわけではありませんが、刃物に適した金属の包丁を使う必要があり、

現代の刃物用鋼材は切れ味が良い金属が使われています。

「ハガネ・ステンレス・セラミック・フッ素コーティング・その他新素材」それぞれで切った食材の味にどの程度の違いがあるか、私は味付けをせず生で食べてもわかるかどうか自信がありません。




2:刀身の断面の形

切る対象によって様々な形がありますが、基本的に家庭用万能包丁としては、左右対称でコンベックスと呼ばれる形が主流です。

刀身の断面の形は、切れ味の評価の中でも「抜けの良し悪し」という表現になり、「切った本人が気持ち良く切れたかどうか」ということに影響があります。




3:刀身の厚さ(薄さ)

薄いほど良いのですが、折れたり曲がったりしない程度の強度が必要です。

現代の金属を使えば2㎜以下の厚さでも充分に強度が出せます。

薄い刀身の包丁は、2のコンベックス形状との組み合わせにより、食材の抜けに貢献するので、気持ち良く切ることができます。

薄い刀身は砥ぎやすい刀身とも言えるので、切れ味の良さを維持するには、「薄い刀身」がポイントです。




4:砥ぎの仕上がり

どんなに素晴らしい金属でも、砥がなければ食材は気持ち良く切れません。

新品状態の刃先の状態をキープできることが理想ですが、通常は不可能なので、砥ぎやすい包丁かどうかが切れ味の維持につながります。




5:切り方

薄刃包丁の動きの「スライド切り」という切り方で、刃渡りを長く使うほど切れ味が上がります。

実際は「切り方」が食材の断面のツヤ、つまり「切れ味」に最も影響すると言えます。

刃渡り180㎜の包丁を買っても、30㎜しか使わないで切っていたら意味がなくなります。

鋭く砥いだ包丁でも、スライド切りの対極にある「垂直切り」をしていたら、食材の断面のツヤはなくなります。




この5つの中でも、切れ味に大きく影響する要素は「4:砥ぎの仕上がり」と「5:切り方」です。

いくら刀身の素材が良くても、刃先が丸ければ食材は切れません。

また、鋭く砥いでも、垂直に切っていたら食材の断面は荒れてしまいます。

たとえば、「この包丁は切れ味が良いから料理がおいしくなります」と言われて買った包丁を、砥がず、刃渡りを使わずに切っていたら、全く意味がなくなるということです。


余談ですが、刀身の素材が硬いほど切れ味が良いわけではありません。

刀身の素材が硬い包丁は、砥いだ後、その切れ味が落ちにくいだけで、砥ぐ必要がないわけではないからです。

また、素材が硬いほど砥ぎ直しには工夫が必要になる場合があります。

特にセラミッククラスの硬さの包丁のように、ダイヤモンド砥石を使わないと砥げない場合は、砥いでいる最中の刃欠けに注意が必要です。


家庭で一般的な食材を切る場合、切れ味のほとんどは、4の「砥ぎの仕上がり」と5の「切り方」で決まります。





◎まとめ


以下、あいまいなまとめ方です(^^:


「包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるんですか?」という質問の答えは、ある意味「はい」、ある意味「いいえ」、ある意味「わからない」と言えます。


生の野菜に対しては切れ味の差が断面のツヤの差に出るので、「生の野菜に対して差が出る」と言うことはできます。

しかしそれがおいしいのかどうかについては、個人の主観になります。

ニンジンの輪切りや千切りの「ツヤ」を作り出すことが目的なら、切れ味が良い包丁が得意ですが、口に入れた瞬間に感じる香りを出すことについては、切れ味の悪い包丁の方が得意です。

しかしツヤも香りも口に入れて噛んでしまえばわかりません。

ドレッシングなどの味がついていたらなおさらです。


刺身では、切れ味の差が味の差に出そうな気がしますが、差が出るほどの鋭い切れ味を家庭で保つのは不可能ですから、たとえ味が変わったとしても、それを日常的に味わうことはできません。


食卓に出る状態になった「料理」については、切れ味の差が味の差として現れることはないと思います。






◎ではなぜ切れ味が良い包丁がいいの?


私の場合、「切れ味が良い包丁」を使う理由は即答できます。

それは「楽しいから」です。


包丁を砥いだ直後に作った料理を食べた人が「おいしい」と言った経験はないので、直接的には「包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるんですか?」の質問の答えは「いいえ」です。



しかし、


切れ味が良いと楽しく切ることができる。

楽しく切ると結果的に笑顔で食卓に出せる。

笑顔で出された料理はおいしく感じやすい。

切れ味が良いと料理がおいしい。



ということなら、「包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるんですか?」の質問の答えは、間接的な意味で「はい」となります。



読者のみなさんも、家にある包丁を良く砥いでから料理を作ってみてください。

もしいつも食べてくれる人が「今日は特においしい!」と言ったら、その理由を考えてみてください。



以上「包丁の切れ味が良いと料理がおいしくなるんですか?」の答えでした。



追記:

下記は「切れ味の良い包丁」についての考察です。

興味がある人は引き続きどうぞ。




◎「切れ味が良い包丁」とは


みなさんは、買ってから1週間だけ鋭い切れ味を発揮する包丁と、買ってから20年間以上、そこそこ切れ味が良い包丁があった場合、家庭用万能包丁としてどちらを選びますか?


「切れ味」には様々な要素があるのですが、刃先の鋭さの違いは誰にでもわかりやすいため一般的には、刃先が鋭く仕上げられている包丁を「切れ味の良い包丁」と表現する場合がほとんどです。


そして、家庭レベルの万能包丁で考えた場合、「切れ味が良い包丁」とは、「砥ぎやすい包丁」のことです。


刃先は必ず摩耗して減ってしまい、砥ぎ直しが必要にるので、砥ぎ直しが難しい包丁は、切れ味を維持できません。


新品状態の刃先が、耐久性を犠牲にして鋭く砥いであったり、こだわりのあまり家庭では再現できない刃先の包丁は、「買ってから1週間だけ切れ味が良い包丁」と言えます。

砥ぎ直したときにだれでもすぐに新品に近い状態に戻せ、その切れ味を20年以上維持できる包丁が、本当の意味で「切れ味の良い包丁」と言えそうです。


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