top of page

KISEKI:の砥ぎ方について ―砥ぎも脱職人―

更新日:8月29日



◎薄くて硬い包丁 「KISEKI:」


岐阜県の「福田刃物」から販売されている「KISEKI:」という包丁があります。

私も試し切りをしたことがあるのですが、この包丁は刀身がとても薄いです。

薄さのメリットを充分に活かした包丁だと思いますが、公式サイトが推奨する砥ぎ方では新品時の感動が味わえず困っている人が多いのではと感じました。


テレビ放映された動画のコメント欄にも「その切れ味をどうやって維持するかが知りたい」というコメントが散見されました。


実は私が仕事をしているお店のマスターやスタッフと「KISEKI:」の砥ぎの話題になり、すでに結論も出ました。


今回提案する砥ぎ方は、「KISEKI:」の特徴である「おいしい切れ味」を、公式よりも簡単に、かつ高いレベルで維持できます。

「KISEKI:を砥ぐ方法が知りたい」という人に、ひとつのヒントとしてぜひ読んでいただきたいです。


※福田刃物の福田社長にも届いたら嬉しいです



・・・



昨年、岐阜県関市の刃物まつりの会場を歩いていたところ、福田刃物の従業員と思われる方から「KISEKI:」のフライヤーをいただき、工場に伺ったことがあります。



※「第56回岐阜県関市刃物まつり」の様子はこちら

ブログ記事の中央下あたりに福田刃物さんの写真があります。




2023年関市刃物まつり当日の写真(福田刃物にて)



スタッフのみなさんの明るい対応が心地よく、「この人たちが作った包丁ならきっと良い物にちがいない」と感じたことを覚えています。




◎脱職人


最近動画で拝見した福田刃物取締役の福田さんのお話では、「脱職人、新入社員でもボタンひとつで作れるようにする。1000丁作って1000丁同じ品質にする」という主旨でした。



私も包丁の品質の不安定さに悩んだ経験があり、福田さんの考え方は大切だと思っています。

昔ながらの伝統的な職人の世界は、技術を伝えるにあたり「伝言ゲーム」と似たところがあります。

実際、文字が書けなかった時代や、温度計や数学が普及していなかった時代の刃物は、品質が今よりも不安定だったはずです。



長い目で見たときに、「伝言ゲーム」だけのもの作りには限界があります。

職人による手作りの包丁が好きな人もいると思いますが、基本的に「品質のバラツキ」は、ユーザーにもメーカーにもマイナスなので、ボタンひとつで均一な品質の刃物を作る「脱職人」という話には共感しました。



以下、「KISEKI:」について、福田刃物さんを訪問したときのことを思い出しながら、最終的には「砥ぎ」について書いてみます。

中にはマイナス表現もありますが、決して福田刃物さんやKISEKI:を批判するつもりはありません。

福田刃物さんも「社会貢献・ユーザー本位・良いものを作りたい」という気持ちは私と同じはずです。

会社のさらなるご発展とご活躍を祈りつつ、ユーザー視点から書こうと思います。





◎KISEKI:の薄さと切れ味


これまで包丁に採用されたことがない超硬合金「KS111(ケイエスワンイレブン)」を家庭用の包丁にしたことで話題になったのが「KISEKI:」です。

KISEKI:は、峰厚が1.15㎜と、家庭用万能包丁としてはとても薄くできています。

価格は三徳が約3万5千円で、高価な部類です。



コンセプトは「包丁用として世界初の硬い素材を使い、刀身が薄いため、良い切れ味が長く続く」ということだと思います。



包丁の切れ味を決める要素は大きく2つあり、ひとつは「薄さ」、そしてもうひとつは「刃先の鋭さ」です。





刃先の鋭さは「砥ぎ」の質で決まり、どの包丁もよく砥げばよく切れるようになるので、KISEKI:の場合、刃先の硬度による新品時の刃付けの「耐久性(長切れ)」と、刀身の「薄さ」で切れ味をアピールしている包丁と言えます。


砥ぎ直しは必ず必要になるため、刃先が触れただけでトマトの皮が切れるような「刃先の鋭さ」が特徴というよりも、峰厚1.15㎜という「刀身の薄さ」によって生まれる「切り込み抵抗の軽さ・抜けの良さ」が優れているということです。



実際に試し切りをさせていただいたところ、「刃先の鋭さ」については特別な包丁ではないと感じました。

刃の先端の部分で2段刃(刃先に鈍角な小刃が付いている)になっているため、その分でほんの少し切り込み抵抗が増えているからかもしれませんし、刃先まで含む刀身の断面が一般的な形ではないからかもしれません。



しっかり測定していないので数字は正確ではないのですが、KISEKI:の2段刃は、具体的には刃先6~7㎜ほどを鋭角な両刃に砥ぎ、刃の先端の強度を上げるために左右から鈍角な小刃を0.4㎜前後つける砥ぎ方です(下図赤い部分が小刃)。

峰の厚さも含め、刀身の断面の全体的な形は、ダイソーで売っているギャラクシーシリーズの万能包丁に似ています(性能はKISEKI:の方が優れています)。



KISEKI:の刃付けイメージ






















とても硬い金属を使っているので、新品状態の切れ味は長く続くと思いますが、公式サイトにもあるように、やがて砥ぎ直しは必要になります。

※砥ぎ直しのときは、左右の比率をきっちり5:5の完全両刃にするほど、刃の薄さを活かすことができます。



以下図1のピンク色が刀身全体の断面のイメージです。

私は、緑の刀身のように全体が弱いコンベックス形状が好きなのですが、硬度の高い金属の刀身全体をコンベックス形状に砥ぐと手間や強度の問題があるのかもしれません(いつか形状の理由について開発者に聞いてみたいです)。


図1


KISEKI:の刀身の断面は、厳密に測定すると峰が厚く、刃先にかけて薄くなっていく形をしているようなのですが、見た目には左右の面はほぼ平行に感じる形でした。

刃付けはホローグラインドかフラットか微妙な形で、刃先からしのぎまで7㎜前後です。

上にも書いたように「刀身の厚さ、断面の形、刃付け」、これらはちょうどダイソーの万能包丁と似ているのでイメージしやすいと思います。



刃先7㎜の切り刃は、初期の切り込みは軽いです。

しかし、硬い食材へさらに切り込むときに、「しのぎ」と呼ばれる部分が引っ掛かり、その部分の切り込み抵抗が急に増える傾向があるようです(食材の硬さや刃先の厚さによって様々)。

以下、ピンクと緑の刃先部分を重ねると、ピンク色の部分が少しはみ出しますが、これが切り込み抵抗の主な原因だと思います。

ただしKISEKI:は刀身全体としてはとても薄いので、硬い食材でも、一度切り込んでしまえばあとは軽快で、刃の抜けも良い方だと思います(刀身の側面の形や食材によって「抜け」にも様々な感覚があります)。



図2














◎砥ぎについて


どんなに長切れする包丁でも、いつか砥ぎ直しをしなければならなくなり、KISEKI:も例外ではありません。



下図はKISEKI:の砥ぎのイメージです。

切り刃全体を砥ぐわけではなく、基本的に先端の赤い部分を砥ぎます。

数年かけて徐々に刃先が太くなっていくと予想され、やがて大胆な砥ぎ直しをすることになります。














砥ぐたびに刃先が徐々に太くなるので、刀身の薄さを利用した切り込み抵抗の少なさや抜けの良さをキープするためには、いつか「肉抜き」に似た処理が必要になります。

※「肉抜き」についてはこちら



砥ぎ直しについては、福田刃物公式サイトにももちろん記載があります。

しかし公式サイトで紹介されている砥ぎ方では、一番のウリである「おいしい切れ味」を回復できるのか疑問を感じました。



以下に続きます。





◎おいしい切れ味


公式サイトによると、KISEKI:は「科学的に証明されたおいしい切れ味」を発揮する包丁として販売され、ニンジンは甘く、魚はうま味が増し、玉ねぎは苦みが抑えられるのだそうです。


その理由は「切れ味(断面のツヤ)」にあるということですが、主に食材の断面のツヤを生み出すのは、「刀身の薄さ」ではなく「刃先の鋭さ(砥ぎの良し悪し)」です。


※厳密には刃先の鋭さと同じ程度に「切り方」が大切です。

詳しくは以下を参考にしてください。切り方の違いによる断面のツヤの比較写真もあります。

切り方と切れ味の関係



KISEKI:の刀身の「薄さ」は、どのユーザーに対しても不変なものですが、ユーザーが自分で砥ぐ場合、「砥ぎの良し悪し(刃先の鋭さ)」は、ユーザーの砥ぎ方によって変わります。


公式サイトでは、鋭い切れ味が食材をおいしくするということなので、自宅でも新品状態と同じように砥げないと「新品時をピークに味が悪くなっていく」ということが科学的に証明され「おいしく切れるのは新品の時だけ」ということになります。


※私が実施した「切れ味と味の関係」の実験でも、切れ味によって「香り」と「舌ざわり」に差が出ることは確認できました。実験結果はこちら






◎矛盾


刀身に使われている「KS111」という金属はとても硬いため、通常の砥石では砥ぎにくく、ダイヤモンド砥石で砥ぐことになります。

公式サイトには、1200番の電着ダイヤモンド砥石と包丁ホルダーを使うとありますが、そのセットで砥いだ場合、新品の刃付けと同じように砥ぐことはできません。


主な理由は、新品時の切れ味の特徴として書かれている「刃先を3面から砥ぎあげる仕上げ」や、刃欠けを防ぐ「スパークアウト」という仕上げは家庭ではできないことと、ダイヤモンド砥石の番手の粗さと、「ダイヤモンド砥石+包丁ホルダー」の組み合わせに矛盾があるためです。



ユーザー視点から見れば、家庭でもできる限り新品と同じように砥げる仕組みの提供が必要ですが、実際は1200番のダイヤモンド砥石で砥いだ刃付けが長持ちするだけなので、新品時に近い刃付けは不可能です。


純正ホルダーの設定角度は、だれでも確実に刃がつけられるように、新品時の砥ぎ角より鈍角になっているはずです。

「刃先の鋭さ」がおいしさの秘密なので、鈍角になるということは刃先の鋭さによる切れ味が落ちるということです。


また、ダイヤモンド砥石はセラミックを削る力があるので、公式に販売されている包丁ホルダーでは、包丁ホルダーのセラミック部分が削れてしまいます。

メーカーによっては「この商品は本体も削れます。20丁分が交換の目安です」などの注意書きがありますが、2024年6月現在、KISEKI:の公式サイトにはそのような記載はなく、減り続けるホルダーを見たユーザーが不安になるのではと感じました。



KISEKI:の公式サイトで販売されているのは、電着ダイヤモンド砥石です。

電着ダイヤモンド砥石は砥石がへこまないというメリットはありますが、それはサンドペーパーと同じように、丈夫な土台の表面だけにダイヤモンドの粉が付着しているためなので、使うごとにダイヤモンドが丸くなったり剥がれたりして、短期間で研削力が低下します。

使い方にもよりますが、軽く当てて砥げるのは最初の数回で、徐々に力が必要になっていくことと、切れ味の回復が期待以下になることが予想されます。



実験

電着ダイヤモンドの1000番で、ホルダーだけを20往復ほど動かしてみました















裏を見ると、セラミックの丸い棒が平らになっています(右の矢印部分から奥にかけて)。

※左の矢印部分が削れていますが、実際は包丁の刃先が削れます。













私がホルダーを使わない理由は複数あるのですが、そのひとつに「刃線が直線的になってしまう」というものがあります。

ホルダーを使った砥ぎは、基本的に刃線が直線的に削れようとします。

直線的に削れるということは、極論すると包丁の「ソリ」がなくなっていくことになり、切れ味や利便性が落ちるためです。

ホルダーを使って砥ぐと、研ぎ方によっては「KISEKI:」の刃線が徐々に直線的になってしまうことが心配です。


※私がホルダーを使わない理由はコチラ

※包丁にソリがある理由についてはコチラ



ここまでの話を整理すると、「3面から砥げない・スパークアウトしない・1200番という粗めの砥石・ホルダーを使う・ホルダーは鈍角の設定・研削力が落ちやすい電着砥石を使う・ソリがなくなっていく」となり、「包丁へのこだわりが家庭での砥ぎに反映されていない」と感じました。





◎里帰り


「砥ぎ」にまつわるマイナス要素をなくすため、KISEKI:には「里帰り」というサービスがあり、新品同様に砥ぎ直しをしてくれます。

しかし里帰りを繰り返すと、コストがかかるだけでなく、里帰り中はその包丁を使えない期間もあるので、いつかは里帰りしなくても切れ味を維持できるように、「自立」する必要があると思いました。





◎「KISEKI:」のおすすめの砥ぎ方 ―自立に向けて―


ここからが、KISEKI:がいつか自立するための実践的な情報です。


砥ぎ方には様々な方法があってよいと思うので、数ある方法のひとつとして参考にしていただければと思います。



用意するのは、レジンダイヤモンド砥石(焼結ダイヤモンド砥石)の1000番と6000番です。

※すでにKISEKI:の公式砥石を持っている人は、6000番を用意するだけで大丈夫です


それに加え、弊社が考案した「シームレス砥ぎ」と「包丁簡単砥ぎセット」を使えば、手軽に包丁の角度を固定して砥ぐことができ「脱職人・自立」が可能です。


私が使ってみた限り、KISEKI:にはほどよい「しなり」があり、試し切りをしながら「意外と曲がる・シームレス砥ぎができる」と感じたことを覚えています。

刃線のソリの度合いも少なく、シームレス砥ぎに充分対応できる包丁だと感じました。



以下は、角度測定補助器具と角度固定補助器具の「簡単包丁研ぎセット」です。














測定器を刃線に対して直角に置き気泡が中心になるように包丁を傾けます













固定器のシールを剥がし砥石と包丁の間に入れて貼り付け、角度を固定します

固定器は峰の中心あたりに貼ります














峰側から見るとこのようになります














砥石のほぼ対角線上に置き、アゴと切っ先をおさえて包丁をしならせ、前後に動かして刃線全体を砥ぎます

左側を砥ぐときは逆の作業を繰り返します














シームレス砥ぎについて


簡単包丁砥ぎセットについて


固定ホルダーの減りをゼロにする方法もすでに考案済みです。

詳細が決まっていないため公表していませんが、個別にお伝えすることは可能です。



砥ぎ作業は、普段は6000で短時間砥げば充分です。

調理の現場で包丁を使う私の場合、モリブデンバナジウムの包丁を3日に1回1分ほど砥いでいます。

KS111を家庭で使うなら、月に1度、3分程度の作業でよいかもしれません。



参考までに、私が使っている砥石は、藤原産業SK11の1000と6000です。

この番手を揃えれば、1000で小さな刃欠けにも対応できるだけでなく、6000と共擦りすることで平面を維持できます。

電着砥石と違い、いくら使っても粒度は変わらないので、家庭なら10年以上同じ感覚で使えます。

SK11の砥石は、ひとつあたり、中国系のサイトで6000円前後、日本のサイトで12000円前後だと思います。

※KISEKI:の金属「KS111」と砥石のブランド「SK 11」は名前が似ていますが別のものです


KISEKI:のブランドで焼結ダイヤモンド砥石を作ると、販売価格は2万円前後になるかもしれませんが、10年先を見据え、2万円を超えない価格で販売したらユーザーから喜んでいただけると思いました。


※参考までに、上記のシームレス砥ぎだけで4年間使用した包丁の写真は以下です





◎砥ぎも脱職人


KISEKI:は、「脱職人」というコンセプトのもとで作られている包丁ですが、「里帰り(砥ぎサービス)」でもわかるように、職人でなければきれいに砥ぐことができず、「脱職人」には至っていません。

包丁作りが「脱職人」なら、もちろん包丁砥ぎも「脱職人」の方向で発展することが大切だと思います。


今回紹介した「シームレス砥ぎ」と「簡単包丁砥ぎセット」は、「脱職人」のきっかけとして役に立つものだと思います。

実際私は事務職員から飲食業界に入り、シームレス砥ぎだけで10万食を作ってきました。

砥ぎ方についてはほとんど練習をした記憶がなく、誰でも手軽に良好な切れ味を維持できる砥ぎ方だと感じています(補助器具類は砥ぎに慣れれば不要になります)。


「角度測定補助器具」は、ご希望の角度をお伝えいただければその角度でお作りします(関連動画によるとKISEKI:の砥ぎ角は左右10度ずつとのことですが、詳しくは福田刃物さんへお問い合わせください)。

また、KISEKI:の刀身には磁石がつかないので、補助器具には洗って使える粘着テープを貼り付けます。



「簡単包丁砥ぎセットを」ご希望の方は、下記までお問い合わせください。

価格は税込み400円です。

手作りのため時間がかかり、素朴な外見の商品ですが、しっかり役に立ってくれるはずです。



SK111という素晴らしい金属で安定した品質の包丁を作っても、一度砥いだら刃付けが大きく変わってしまうのはもったいないことです。

砥ぎ作業も「脱職人」で、だれもが手軽に「おいしい切れ味」を楽しんでいただけたらと思います。





◎おわりに


KISEKI:関連の動画を拝見し、福田さんは、ユーザー目線も忘れず新しいことに挑戦するバイタリティのある方だと感じました。


弊社は、紹介した包丁簡単砥ぎセットだけでなく、その改良品やさらに新しいアイデアもあり、共同開発をしてくださる企業様を探しています。


「おいしい砥ぎ方・脱職人」を求め、福田さんとお仕事ができたら楽しそうだと思いました。




今回は以上です。


Comments


bottom of page