私がオススメしている「シームレス砥ぎ」は、刀身の「しなり」を利用した、
家庭用包丁のための新しい砥ぎ方です。
以下の写真は「シームレス砥ぎ」で砥いでいる包丁です。
撮影時点で2万食分以上の仕込みをしています。
昨年の秋、貝印の砥ぎマイスター林泰彦さんにお会いした時、
「きれいだねえ」と褒めていただいた刃線です。
砥ぎの経験がほとんどなかった私でも、シームレス砥ぎを使えばこのように砥ぐことができます。
今回は、この「シームレス砥ぎ」についてご紹介します。
シームレス砥ぎは、一般的な砥ぎ方と比較して「1:誰にでも簡単にできる」「2:刃線が乱れない」という2つの大きな特徴があります。
動画のように、普段からこまめに砥いでいれば、準備から片付けまでの作業が1分以内でできます。
▽シームレス砥ぎ全行程▽
使っているのは水をかけるだけで使える砥石です。
作業が手軽なので切れ味が大きく落ちる前に砥ぐことができ、安全です。
「シームレス砥ぎ」という名前は、私が作りました。
刃線に継ぎ目がなく「シームレスに砥げること」が名前の由来です。
※一般的な砥ぎ方については、個人的に「三段砥ぎ」と呼んでいます。
1:誰でも簡単にできる
砥石の対角線を利用し、包丁をしならせ刃線全体を同時に砥ぎます。
プロ向けの包丁(※)がシームレス砥ぎに適さないのは、写真のように砥石の対角線以上の刃渡りがあることと、刀身が硬く、しなりにくいからです。
家庭用は刃渡りが短めで刀身が薄いため、砥石の対角線に収まり、しなりやすい構造です。
※ここでは刃渡りが長く(210㎜以上)、母材厚が厚め(2㎜以上)の包丁をプロ向けとさせていただきます(詳細はコチラ)。
2:刃線が乱れない
全部の刃線を同時に砥ぐため、刃線が乱れることなく仕上がります。
3か所に分けて砥ぐ一般的な方法だと、ある程度のコツが必要なため、刃線が乱れることがあります。
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シームレス砥ぎの手順
1.砥石に、写真のように刃全体を乗せます。
2.しなりを利用して刃全体を押さえつけます。
※「結」は切っ先側を薄く作ることで、刃を押さえたとき、キレイな刃線が出るように刀身の強度を最適化してあります。
3.前後に砥ぎ、かえり(バリ)を取って終わります。
下記動画を参考にしてください。
※裏はベタ砥ぎではなく、峰を数ミリ浮かせて刃先を軽く砥いでバリを取り除きます(刀身は砥石に触れません)。
※両刃の場合、左右の持ち手を入れ替えて砥ぎます
▽シームレス砥ぎ全行程▽
自信がない人は、初めは鋭角に砥ぐのがオススメです。
鈍角で砥いで失敗するより、鋭角に砥いでから自分好みに合わせるほうがリスクが少ないためです。
切れ味の回復がない場合は徐々に鈍角に砥いで、「自分の角度」を決めていきます。
片刃のシェフナイフは砥ぎ角18度前後です。
手順は以上です。
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以下の3枚の写真は、包丁の刃を上に向けて撮ったものです。
①私の包丁(結) 3年間シームレス砥ぎだけで砥いでいます
②大手メーカーA
③安価な包丁
②と③は、どちらも新品状態の刃線です。
②は時々見かけることがあり、ねぎの小口切りなどでは切り離れが悪い刃線です。
そのためこの包丁を買った人は、スイング切りしか使えなくなります。
③ほど乱れているのはまれですが、シームレス砥ぎをすればこのような乱れもなく、
誰でも短時間で包丁を砥ぐことができます。
実際に③の包丁をシームレス砥ぎで砥ぎ直してみました。
before 刃線の中央がへこんでいます
after
12分間のシームレス砥ぎで仕上げました 乱れがなくなっています
<刃付けの裏話>
「砥ぎに正解なし」と言われるように、砥ぎ方にはそれぞれの流派や個人のクセがあり、同じ包丁を研いでも人によって仕上がりが変わります。
わかりやすいのは、アゴ部分の仕上げ方で、写真②のような乱れは比較的多く見られます。あるメーカーでは、砥ぎ方が大きく2つのタイプにわかれていて、刃線を見るとどの流派の職人が砥いだかわかります。
写真③のような刃線全体の乱れは稀だと思いますが、シームレス砥ぎをすれば、もちろん乱れはなくなります。
<シームレス砥ぎと刀身のしなりの関係について>
シームレス砥ぎをするためには、刀身の「しなり」が必要になります。
適切なしなりを生み出すポイントは、母材の厚さ、金属の硬さ、刀身のデザインです。
母材が薄く、金属が柔らかく、刀身が細いほどしなりやすくなります。
家庭用として販売されている包丁のほとんどは、この条件に当てはまるため、シームレス砥ぎで砥ぐことができます。
シームレス砥ぎに適したしなりを生み出す一番の要素「母材厚」は、1.8㎜以下が適しています。
以下の3枚の写真は、母材の厚さの違いによるしなりの違いを示したものです。
上から順に、プロ向けの高級包丁に使われることの多い2.2㎜、家庭用包丁で一般的な1.8㎜、安価(3000円未満)な部類の包丁によく見られる1.6㎜です。
厳密ではありませんが、ほぼ同じ力でしならせています。
A 母材厚2.2㎜(プロ向けの母材厚)
B 母材厚1.8㎜(結)
C 母材厚1.6㎜(安価な部類の包丁)
Aはほとんどしならないため、一般的な砥ぎ方(三段砥ぎ)を使うことになります。
Bは適度にしなるので、シームレス砥ぎができます。
Cはさらによくしなり、シームレス砥ぎが簡単にできます。
家庭用包丁はほとんどのものがしなるので、シームレス砥ぎで砥ぐことができます。
余談:結の秘密
片刃のシェフナイフ「結」は、家庭用万能包丁として、「どのようなものをどう切るか」というテーマの他に、砥ぎやすさを追求し、シームレス砥ぎをすることを前提として設計されています。 大きな野菜や直径18㎝のケーキを切ることができる195㎜の刃渡りは、市販の砥石でシームレス砥ぎができるギリギリの長さです。 刀身の切っ先側を薄く細めに仕上げ、強度を落とすことで、切っ先側はよくしなり、刃元側が必要以上にしならないようにしてあります。 そのため、砥石に乗せてしならせるだけで、誰が砥いでも、刃元側は直線的な刃線(薄刃包丁の要素)、切っ先側は曲線(シェフナイフの要素)を維持できます。 私が上の写真にある刃線を維持できるのは、誰が砥いでも同じ刃線を維持できるように設計された包丁だからです。
切っ先側がよくしなる構造、つまり「薄い刃・細い刀身」は、さらに2つのメリットを生み出しています。
ひとつは、片刃包丁のデメリットの軽減効果です。
食材への切り込み抵抗が少なくなり、硬いものをほぼ問題なく切ることができるようになりました。
次に、手首の疲労の軽減です。
硬い食材に刃が入っているときも、包丁が適度にしなって左右のブレ(ヨーイングのブレ)を吸収してくれるため、長時間の作業中の手首の負担、特に食材を押さえている左手首の負担が軽減されます。
余談:結は薄くてしなる刀身が特徴です。 昔、薄い刀身の片刃の包丁がなかった理由は、素材と工作精度の関係で、薄くてよくしなる丈夫な刃が作れなかったためです。
また、しなる刃を作れなかったので、「三段砥ぎ」が主流でした。その後、靭性の高い金属ができ、高い工作技術の組み合わせによって、シームレス砥ぎに対応する「結」のような包丁を作ることができるようになりました。
以上、「結」の秘密でした。
シームレス研ぎに適した1.8㎜以下の母材厚を測るには500円硬貨があれば簡単です。
刀身の形は、「牛刀・シェフナイフ」がオススメです(切っ先側がしなりやすいので)。
砥石は長さ200㎜以上、番手は6000程度がオススメです。