「砥石を平らにするのはなぜですか?」と質問をいただきました。
これには主に2つの意味があります。
1:「和包丁を砥ぐから」
2:「汚れを落とさなければならないから(汚れが落ちるなら必ずしも平らでなくてよいが結果的に平らになりやすい)」
この2つです。
前者は砥石を平らにすることが目的、後者は砥石の汚れを取り除くことが目的です。
以下、これまでの経験から私が把握している範囲で書きます。
※鉋(カンナ)などの大工道具になると完全な平面が大切ですが、あくまでも「包丁を砥ぐ」という前提です
1:和包丁を砥ぐから
砥石を平らにしなければならない主な理由は、「和包丁を砥ぐから」です。
和包丁には「裏押し」と、幅の広い「切り刃」あり、精度の高い仕上げのためには砥石が平らなことが重要です。
下図の赤い部分が裏押しと切り刃です。
両方とも平らな砥石でベタ砥ぎをすることで、刃の状態が把握しやすくなり、精度の高い砥ぎ作業ができます。
ただ、一般家庭で和包丁の砥ぎをする場合、平らな砥石が必要なほど厳密ではない印象です。
私は普段、目立つ営業車両を使って町の中を移動していることもあり、頻繁に砥ぎの依頼をいただきます。
お預かりする和包丁は地域の方々の生活の一部として使われているものが多く、砥石が平らでなくてもある程度仕上げられるものがほとんどです。
具体的には「砥ぎ角が鈍角の両刃」「強いハマグリ刃」になっている和包丁が多くあります。
鈍角の両刃になる理由は、「切れれば良い・早く仕上げたい」などの理由で、刃先だけ裏からも刃付けをするからです。
つまり、一般家庭では「片刃や両刃に関係なく、そこそこ切れれば良い」という仕上げがほとんどということです。
南伊豆は海が近いので魚を捌く人も多いですが、「両刃」になった出刃を使っている人もいます。
これは両刃の三徳包丁で魚を捌けることの裏付けにもなります
また、錆びている和包丁が多いことから、「長い間使っていなかった」と考えられるものが大半です。
私の営業車両を見た方々が、「せっかくだから普段使っていない和包丁を砥いでもらおう」とわざわざ持参してくださるのかもしれません。
言い換えれば、「多くの人が洋包丁を使うようになった」ということだと思います。
ユニバーサルエッジの営業車(バイクはXSR700)
目立つので声をかけられることが増えました
車の左側にはこんなロゴがあります ※300円で砥げる理由はこちら
※和包丁は500円からです
洋包丁には裏押しも幅広の切り刃もないので、砥石の面に少しの凹凸があっても大きなデメリットはありません。
下図は両刃と片刃の洋包丁ですが、いずれもベタ砥ぎする部分がないので砥石の表面の状態から受ける悪影響は少ないです。
つまり、砥石が完全な平面でなくてもキレイに砥げるということです。
2:汚れを落とさなければならないから
砥石で砥いでいると、砥粒(砥石と金属が混ざったもの)によって砥石が目詰まりすることがあります。
砥ぐと黒く残る汚れが砥粒の汚れです。
目詰まりを起こすと期待通りの研削力を発揮できなくなるため、汚れを落とし、表面をフレッシュな状態にしておく必要があります。
このとき、修正砥石を使って汚れを取るのですが、その作業のとき同時に砥石の面が平らになります。
つまり、汚れを落とすと必然的に砥石が平らになるということです。
汚れが落ちるなら必ずしも完全な平らにしなくてもよいのですが、修正砥石を使って汚れを落とすことが多いので、結果的に平らになる場合がほとんどです。
修正砥石は、面直し砥石とも呼ばれています。
修正砥石の粒度は100番前後と、とても粗いです。
また、修正砥石がなくても砥石同士を合わせて擦る「共擦り」で汚れを落とす方法もあります。
私は1000番と6000番を持っているのでその2つを共擦りして汚れを落とします。
修正砥石の粒度が100番前後ということからもわかりますが、共擦りは同じ粒度の砥石を合わせる必要はありません。
むしろ、仕上げ用の砥石同士だと、濡れたガラスの板同士がくっつくような感じでくっついてしまうことがあり危険です。
※1000番同士なら接触面の排水がうまくいくので同じ番手でもくっつくことはないと思いますが、通常一般家庭では同じ番手の砥石を2つ持つことはないと思います
◎共擦りは平面が出せない場合がある
和包丁を使う人が、共擦りで気をつけなければならない点について書きます。
和包丁を砥ぐ場合「完全な平面」がポイントになりますが、共擦りの場合、条件によっては時間が経つほど一方の砥石がへこみ、一方の砥石が出っ張ることがあります。
下図のような状態です(わかりやすくするため極端に表現しています)。
たとえば1000と6000の新品の砥石があるとします。
図のように1000で砥いだあと、真ん中が凹んだ状態で6000で面出しをしようとしても、6000も減るため、共擦りでは赤い部分が減ることになります。
人間の作業には「ムラ・揺らぎ」があるため、凹凸のバランスや力を入れる場所に偏りが出ます。
その偏りが数年かけて増幅され、最終的に、共擦りをしている2つの砥石は表面が曲面になり、曲面同士がぴったりくっつくペアになります。
面と面はぴったりくっついているので、砥石の表面の汚れは落ちますが、面が平らではないので和包丁の裏押しは砥ぎにくくなります。
※砥石の面が平らか調べるには、砥石の裏と合わせてみる方法があります。
隙間から光が見える場合は平らではありません。
上の図のような状態は、共擦りのときに砥石の移動距離を大きくすることや、共擦り用として電着ダイヤモンド砥石を使うことで防げます。
特に変形のない電着ダイヤモンド砥石はオススメです。
電着ダイヤモンド砥石はサンドペーパーと同じ原理で、土台の上にダイヤモンドの粉が乗っているため、土台の変形はほとんどなく、電着ダイヤモンド砥石で面出しをすると、平らな面を保ちやすくなります。
ただし電着ダイヤモンド砥石本体で和包丁の裏押しを砥ぐことはオススメできません。
理由は、電着ダイヤモンド砥石は粒度が荒く、特に使用初期は研削力が強く、ミスをしやすいからです。
また、私が普段砥ぎ用にオススメしているレジンダイヤモンド砥石(焼結ダイヤモンド砥石)は、砥石の部分が1.5㎜程度と薄く、減りにくいため変形がほとんどありません。
何も考えずに1000と6000を共擦りしても、5年使って0.5㎜程度のへこみです(長さ200㎜に対して0.5㎜のへこみ)。
和包丁にとって0.5㎜のへこみは悪影響が大きいかもしれませんが、洋包丁にとっての0.5㎜は家庭ではほとんど問題にならないので、そのまま砥石を使い続けることができます。
◎代表的な3つの変形
砥石には主に「へこむ・でっぱる・傾く」の3種類の減り方がありますが、人それぞれ使い方によって減り方が変わります。
以下、イメージ図を参考にしてください。
洋包丁は下図のどんな面でも砥ぐことができますが、和包丁は研ぎ面を平らにしないとうまく砥げないので、③の砥石なら砥ぐことができます。
◎歴史を考えると完璧な平面は不要
以前の包丁は、「欠けやすい片刃の和包丁・減りやすい吸水性の砥石」の組み合わせが主流でしたが、現代の包丁は欠けにくいステンレスが主流で、不吸水性のレジンダイヤモンド砥石は5年で0.5㎜しかへこみません。
ハガネという欠けやすい金属で硬い食材を切っていた時代は刃欠けが頻繁にあり、砥ぐ作業も頻繁で大胆だったはずです。
また、裏押しや幅の広い切り刃をベタ砥ぎするためには平らな面が必要なので、「砥石はいつも平らにしておく」ということが大切だったはずです。
しかし現代の洋包丁には裏押しも幅広な切り刃もないので、和包丁を丁寧に砥ぎたい人をのぞき、家庭用万能包丁なら厳密な平面は不要だと思います。
◎結論
ということで、砥石を平らにする理由は、
「和包丁を砥ぐため(ついでに汚れも取れる)」
「汚れを取るため(ついでに平らになる)」
ということになると思います。
なので、家庭では砥石を2つ用意し、共擦りをして面が微妙に歪んでも問題はありません。
つまり、「家庭では完璧な平面を出すための道具をそろえる必要はない・共擦りでも充分使える」ということです。
◎結局どうすればいいの?
様々な手間を考えず楽しく使える砥石として、私のオススメは以下の2つです。
1:レジンダイヤモンド砥石の1000と6000の2つ持ちで共擦りをする。
2:両面電着ダイヤモンド砥石(400/1000)と、レジンダイヤモンド砥石6000の2つ持ちで共擦りをする。
砥石の長さはいずれも200㎜以上のものです。
予算は1が2万円前後、2が1万3千円前後です。
※1は初期費用がかかりますが、長く使えます。
いずれも普段は6000番を使い、刃欠けなどのときに1000(または400)を使います。
この2つの組み合わせは、水に浸す必要がない、割れない、面直しが平らになる、などのメリットがあり、ダイヤモンドなので現代のステンレスでも楽に砥げます。
セラミック系の砥石が好き、または低予算でということであれば、レジンダイヤの代わりに「刃の黒幕5000」など、不吸水性の仕上げ用砥石がオススメです。
電着ダイヤモンド砥石とセットで1万円以下でそろえられます。
ただし、「刃の黒幕」は、落とすと割れるので気を付けてください。
以上です。