イベント用の営業車に書いてある「最短3分 300円~」を見た方から「本当に300円で砥げるんですか?もっと値上げしたほうがいいんじゃないですか?」と質問をいただきました。
営業車の左後ろの窓
私が主催している「包丁なんでも相談室」には、「包丁砥ぎ」のメニューがあります。
砥ぐのは「一般的な洋包丁」という条件で、料金は「300円」からです。
今回は、300円で包丁が砥げる理由について書いてみます。
◎300円で砥げる理由
「300円じゃ切れ味が心配」と思う方も多いかもしれませんが、300円で以下の動画のような切れ味に仕上がります。
以下の鶏もも肉の動画は、母材が「青紙スーパー・モリブデンバナジウム」の2種類の包丁です。
どちらも切れ味に不満はありません。
皮つき鶏もも肉
トマトのくし形切りです。
気持ちよく切れます。
私は10年間この切れ味でレストランの仕事をしているので、家庭レベルでは充分だと思います。
300円で砥げる理由は、主に5つです。
1:作業時間が短い 2:原価率が低い 3:究極を求めていない 4:楽しい
5:今のところ忙しくないから(人件費がかからないから) 1:作業時間が短い 作業時間が短い理由にもいろいろあるのですが、「ダイヤモンド砥石」と「シームレス砥ぎ」を組み合わせていることが主な理由です。 従来の砥石と比較した場合の「ダイヤモンド砥石」の特徴は以下です。 ・研削力が高い→作業時間が短くなる ・水に浸す必要がない→すぐに作業にとりかかれる ・メンテナンスが簡単→作業が終わったら水で流して立てかけておくだけ ・周囲が汚れにくい→短時間で掃除できる 目立つ刃欠けがある場合は電着ダイヤモンド砥石かベルトサンダーを使いますが、刃欠けがない場合はレジンダイヤモンドの1000番と6000番の組み合わせで対応できます。 そして「シームレス砥ぎ」の特徴は以下です。 ・刃線が乱れない→刃線の微調整の必要がない
・刃線全体を一度に砥ぐ→作業時間が短い
これらの理由から作業時間が短くなります。
実際に私が自分の包丁を砥ぐときは、1分以内で業務レベルの切れ味を維持することができます。
シームレス砥ぎについてはこちらを参考にしてください。
2:原価率が低い(コストがかからない)
私が使っている道具は一般家庭でも買いやすい価格のものがほとんどです。
また、砥ぎサービスが目的ではなく、より良い包丁を作るための実験用として買った道具を砥ぎサービス用として使っているので、「原価率がゼロ」という道具もあります。
参考までに、私が砥ぎに使っている道具と価格は以下です。
<砥石>
・レジンダイヤモンド砥石1000番 1万円前後
・レジンダイヤモンド砥石6000番 1万円前後 ・電着両面ダイヤモンド砥石400・1000 3千円前後
レジンダイヤモンド砥石は、「割れない」「減りにくい」という点でコストがかかりません。 1つ買えば20年以上使えると思います。
電着ダイヤモンドは減りが早いですが、すばらしい研削力なので大きな刃欠けに対応できます。
・ベルトサンダー 1台16000円
木工用も兼ねたベルトサンダーは、様々な用途に使え、価格も手ごろです。
・ベルトサンダー用のベルト各種(ジルコニア80・アルミナ400・スーパーファイン)合計1万円程度
・ユニバーサルエッジへのカスタム用の道具
小型グラインダー 1万円前後
ゴム砥石 100円前後(10個ほど所有)
アゴ上の面取り用砥石 400円
以上、研究のために購入した道具で砥ぎ作業ができてしまうため、私にとって道具の原価率がほとんどゼロに等しいことも、300円で砥げる理由です。
3:究極を求めていない
私は、一般家庭用の包丁は、冒頭に紹介した動画のような切れ味で充分だと考えています。
たとえば、刃の上にティッシュを乗せて息を吹きかけるだけでティッシュが切れるような切れ味は求めていません。
上記のような「究極の切れ味」を10点とするなら、一般家庭には8か9の切れ味(冒頭の動画のような切れ味)で充分です。
10の切れ味を維持するためには毎月数千円のコストがかかりますが、8か9の切れ味なら数十円で維持できます。
また、私がお客様の立場なら、「究極の切れ味」よりも、「業務に使える切れ味」で、手軽に仕上げてもらえたら嬉しいです。
実用的な切れ味を維持するのは簡単なので、300円で砥ぐことができます。
4:楽しい
私にとって包丁砥ぎは以下のような楽しさがあります。
・様々な包丁を見ることができる
・お客様と話すことができる
・自分のスキルが上がる
・包丁の刃線が整う
・お客様の笑顔が見れる
楽しいので無料でも砥ぎたいと思うときがあるのですが、それでは仕事にならないため最低限の料金をいただければと思っています。
5:今のところ忙しくないから(人件費がかからないから)
今のところお預かりした包丁は、私とお店のマスター(本業は料理)が砥いでいるため人件費がかかりません。
そのため300円で砥ぐことができますが、今後砥ぎの依頼が増え、人を雇うようになると300円ではできなくなると思います。
◎ところで本当に300円なの?
「300円~」と書くと、「いろいろ理由をつけて300円以上になるんでしょ?」と思う人もいるかもしれませんが、実際に家庭用万能包丁を砥いで300円以上いただいたことはありません。
プロ用の大きな洋包丁(刃渡り210㎜以上)や和包丁の料金については500円以上いただくかお断りするか、ご依頼主と相談して決めています。
先日は刃渡り300㎜の洋包丁、そば切り、タコ引きなどを500円で砥がせていただきました。
また、「ユニバーサルエッジへのカスタム」というメニューでは、作業が多くなるため800円いただいています。
◎家庭用万能包丁が砥ぎやすい理由
家庭用万能包丁は刀身が薄いことが特徴です。 刀身が薄いと砥ぐ面積が少なくなり、よくしなるので、シームレス砥ぎがやりやすくなります。
刃渡りが190㎜以下の包丁は砥石の対角線より刃渡りが短いため、シームレス砥ぎも簡単にできます。
「研ぐ面積が狭い・よくしなる・刃渡りが短い」などが砥ぎやすい理由です。
◎包丁砥ぎはなぜ面倒なのか
砥石を使って砥ぐことをオススメすると、「砥石で包丁を砥ぐのは面倒」という意見を聞くことがあります。
私がお客様との会話で感じる「面倒な理由」は以下のようなものです。
「砥石を水に浸す必要がある」
「砥ぐ角度がわからないから不安」
「数カ所にも分けて砥ぐから手順を覚えられない」
「3種類の粒度の砥石を使い分けるのは面倒」
「キッチンが汚れる(砥の粉)」
「指が汚れる(黒くなり鉄のニオイがつく)」
上記のようなことになってしまうのは、主に「ハガネ」の包丁を「水に浸す必要がある砥石」を使って砥ぐからです。
たとえば、荒砥→中砥→仕上げ砥という3種類の粒度の砥石を使うのは、昔の素材の包丁は大きな刃欠けが頻繁に起こったからです。
大きな刃欠けが頻繁に起こった理由は、金属の問題で言えば「不純物・靭性の低さ」が主な原因で、食材の問題で言えば、畑の砂や土が付着した野菜や硬い野菜、そして骨を切る作業などがあったからです。
大きな刃欠けがあれば荒砥から始める必要があり、砥ぐ時間が長くなります。
粗砥での作業中は、砥石からも包丁からも粉が大量に出ますから、キッチンも指も汚れます。
粗い砥石の中に吸い込まれた金属粉が酸化すれば、砥石は割れやすくなり、鉄の臭いも強くなります。
昔の砥石は作業前に水に浸し、作業後は乾かす必要がありました。
また、減りやすいため平面の維持も面倒でした。
そして、ハガネの包丁は硬く厚みがあるため「しなり」がなく、刃線を数か所に分けて砥ぐ必要があり、その影響で刃線が乱れ、乱れた刃線を整えるためにさらに時間が必要になります。
しかし現在は、金属の性能が上がり、食材で言えば、野菜は良く洗浄され、カボチャやサツマイモは電子レンジで柔らかくでき、鶏や魚はすでにさばかれた状態で売られているため骨を切る作業はなくなりました。
靭性の高いステンレス製の包丁で柔らかい食材を切れば刃欠けはほとんどなく、実際は、普段から包丁を砥いでいれば、レジンダイヤモンドの6000番で1分以内の作業で充分です。
昭和時代後期には、すでに「ステンレス・ダイヤモンド砥石」が登場し、「ハガネ・従来の砥石(水に浸す砥石)」の組み合わせによるデメリットは全て解決しています。
しかし、一般家庭では、いまだに「砥石は面倒」というイメージを持っている人が少なくありません。
砥ぎ方の検索をすると、「砥石を10分間水に浸してください」から始まるものも多く、砥ぎは手間がかかる作業だというイメージが発信されています。 極端に例えると、世の中にスマホがあるのに、「公衆電話を使いましょう」とオススメしているようなイメージです。
包丁砥ぎはなぜ面倒なのか・・・
答えは、
「金属や砥石が進化しても、以前のままの砥ぎ方を紹介しているから」
です。
身の周りの道具を見渡せば、ほとんどが時代の流れに沿って進化しています。
包丁の砥ぎ方、そして砥ぐために使う道具も、時代の流れに沿って進化していいと思います。
以上、300円で包丁が砥げる理由についてでした。
※ユニバーサルエッジをお使いになっている方は、砥ぎの手間はかかりません。
ぜひシームレス砥ぎで包丁を砥いでください。
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