ユニバーサルエッジの話を聞いてくださった知人のKさんから、「刃付けの実験用にどうぞ」と包丁をいただきました。
いただいたのは、片岡製作所の「響十(きょうと)」という包丁です。
「TAMAHAGANE・DamascusDesign」という印字とダマスカス模様が印象的な高級包丁です。
今回は、この包丁をユニバーサルエッジにカスタムし、ビフォーアフター動画で切れ方を比較してみます。
実験用にいただいた包丁(片岡製作所「響十」)
さっそくキュウリの薄切り(輪切り)をしてみました。
動画でもわかるように、薄く切ろうとすると刃が右に滑り落ちてしまうため、少し厚めに切る必要がありました(両刃なのでもちろんキュウリがくっついてきてしまいます)。
これは、「響十」だけでなくほとんどの両刃の包丁によく見られる特徴です。
※包丁が右に滑り落ちる理由は以下を参考にしてください
以下、いただいた包丁の刃付けの断面図です。
※赤線が刃付けされた部分ですが、数字はあくまでも私の印象です
見た目は、6:4か7:3の右利き用の両刃ですが、左側の砥ぎ角がおそらく20度以上と「鈍角」です。
刃先厚も0.4㎜ほどと両刃包丁にしては厚めなので、「鈍角で厚い刃先」ということになり、右に滑り落ちやすいですが(セラミック包丁で薄切りがしにくい感覚と似ています)、ユニバーサルエッジにするには都合の良い刃先でした。
その後実際にユニバーサルエッジに砥ぎ直し、キュウリを切ってみました。 ほどよい刃先厚だったこともあり、ユニバーサルエッジ化と相性が良く、薄切りがしやすい包丁になりました。
ユニバーサルエッジにカスタムした後
食材に対して刃を薄く乗せても右に滑り落ちることがなく、左側面も安定し、いつまでも切っていられる気持ち良さです。
以下、ビフォーアフターの動画を並べてみました。
ビフォー(いただいたままの刃付け)
アフター(ユニバーサルエッジにカスタムした後)
◎カスタム情報
今回、「響十」をユニバーサルエッジにカスタムしたイメージは以下の図です。
左が新品の状態で、赤い部分を削りました。
使った道具とカスタムした包丁は以下です。
左から電着ダイヤモンド400・レジンダイヤモンド1000・6000
手砥ぎで片刃にしたのでちょっと疲れましたが、所要時間は14分でした。
行程1
電着ダイヤモンド400で8分
(ベルトサンダーを使うとこの行程が2分以内?)
行程2
レジンダイヤモンド1000で3分
行程3
レジンダイヤモンド6000で2分
行程4
最後の微調整で1分
作業で出た「バリ」は以下です。
響十の刀身はPROCEEDより硬めだったためあまりしならず、小さなものを含めて5本に折れてしまいました。
参考までに、PROCEED(よくしなる包丁)をシームレス砥ぎで砥いだあとのバリは以下のようになります。バリを見れば美しい刃線を想像できると思います。
ブログ 「バリ (カエリ)」について ―バリは髪の毛と同じ太さ?― https://www.katabayui.com/post/_bari
※研ぎの割合などについてはこちらを参考に
◎嬉しかった出来事
今回カスタムした「響十」は、芯材を側材で挟み込んだ「割り込み」というジャンルの包丁です。
10年ほど前、私が包丁の研究を始めたころは、「割り込み包丁は片刃に砥いではいけない」と言われていましたが、実際は「昔の割り込み包丁」と「現代の割り込み包丁」では、芯材を割り込ませる意味合いが少し違い、現代の割り込み包丁は片刃に砥ぐことができます。
昔は、金属の性能の関係で本当に割り込み包丁にしなければならない事情がありました。
そして本当の割り込み包丁は、芯材に「ハガネ(硬い鉄・欠けやすい・折れやすい)」を使っているため刃欠けが起こりやすく、片刃に砥ぐとすぐに側材(柔らかい鉄)が出てしまい、切れ味が格段に悪くなったそうです。
しかし現在は金属の性能が上がり、割り込み包丁にする理由は「デザイン」や「(割り込み包丁の方が切れ味が良いという)イメージ」が優先されているため、実際は片刃に砥ぐことができるものがほとんどです(側材が出るまで10年以上かかるものが多い)。
YouTubeなどを見ても、以前「割り込み包丁は片刃にしてはダメ」と言っていた人が「条件によっては片刃にできます」と、情報をアップデートしている場面もあります。
また、有名なユーチューバーが割り込み包丁を片刃に砥いでいたりと、徐々に包丁業界全体が「割り込みでも片刃に砥いで問題はない」という流れになりつつある印象です。
※「割り込み包丁は片刃に砥げるか」についてはこちら
「響十」をくださったKさんは、包丁業界の中でも組織の上に立つ方ですが、40代とお若いためか、「割り込みでも片刃にしてみたら?」と言ってくださいました。
包丁を作る側の人から片刃に対して前向きな言葉をいただいたのは初めての体験で、嬉しい出来事でした。
以下の写真は、響十をユニバーサルエッジ(片刃)に砥いだあとの左側面の写真です。
刃先がダマスカス模様(側材)にかかっていないことがわかります。
刃先がダマスカス模様にかからなければ性能的に問題ないのですが、さらに言えることは、「丈夫になった現代の金属で、柔らかくなった現代の食材」を切る作業なら、10年以上経っても刃先がダマスカス模様まで届かないと思います。
また、過去に藤次郎の割り込み包丁の「F-503」や「F-807」を砥いだ経験から、仮に刃先が側材に届いたとしても切れ味はほとんど変わらないと思います。
◎私が考える理想の刃付け
この包丁を両刃のまま右利きの人が使うなら、以下のような研ぎ方が理想になると思います。
6:4の右寄りの刃付け・砥ぎ角左右とも12度以下
「両刃の良さ」を引き出すなら上の図の刃付けなのですが、ひとつ課題があります。
狭い角度は刃線をきれいに維持して砥ぐのが難しく、メーカーがこだわって「狭い角度」で刃付けをしても、一般家庭で砥ぐと少しずつこの設定が変わっていき、鈍角になっていきます。
つまり、「メーカーのこだわりの刃付けは、一般家庭では維持できない」ということです。
だとしたら、思い切って右側だけ砥ぎ、完全片刃のユニバーサルエッジにしてしまった方が、今回のアフターの動画のように気持ち良く薄切りができるようになり、片刃のデメリットは気にならなくなります。
また、片側だけ砥げばよいので、一般家庭で刃付けを維持することも簡単です。
以上、ユニバーサルエッジへのカスタムと、嬉しかった出来事についてでした。
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