「割り込み包丁は片刃に砥げるの?」という質問の答えです。
結論から書くと、ほとんどの割り込み包丁は片刃に砥ぐことができます。
※ここで紹介する片刃とは、このサイトで紹介している実用新案登録第3227805号の刃付け
※一部の包丁は、片刃に砥いでしまうと本来の性能を発揮できないか、性能を発揮できる時間が短くなるので注意が必要です
●洋包丁を片刃に砥ぐメリットとデメリットについて
本題の前に、洋包丁を片刃に砥ぐメリットとデメリットについてです。
洋包丁を片刃に砥ぐメリットは、「刃離れ」と「砥ぎやすさ」ですが、「片刃に砥ぐとまっすぐに切れない」というデメリットを気にする人も少なくありません。 このデメリットは、現代の洋包丁の薄さならほとんど問題ない範囲です。
しかし問題がないことを知っている人が少ないため、多くの人が「片刃は使いにくい」と思っているように感じます。
100年前の金属と比較して現代の金属は大きく進化し、靭性が高く薄い刀身を作れるようになりましたが、包丁を作る側も使う側も、その進化に追いついていないような気がします。 たとえばガラケーと比較すると、スマホの大きさと重さは「デメリット」になりますが、それでもほとんどの人がスマホを使うのは、ガラケーよりスマホの方が「メリット」が多いからです。
洋包丁も、金属の進化によって、両刃より片刃の方が「メリット」が多くなりました。
このメリットを体験すると、「片刃の洋包丁(新型万能包丁)」が家庭用包丁の主役になってもいいと思えるはずです。
●片刃にしてよい割り込み包丁の条件
どんな割り込み包丁でも、現代のステンレスを使っている洋包丁なら片刃にすることができます。
以下「割り込み包丁を片刃に砥いでもよい条件」について写真付きで書きます。
大切なのは「左側面の研がれていない芯材が見えているか(左利き用は右側面)」です。
割り込み包丁には、芯材と側材の境目にうっすらと境界線が見えます。
境界線から刃先までの幅が、芯材が出ている部分です。
新品の割り込み包丁の多くは芯材が5㎜前後出ているので、片刃に砥ぐことができます。
写真の包丁は、先日研究のために買った「村斗」と「燕三条」という割り込み包丁です。
どちらも同じ包丁ですが、刃付けが違います。
片刃に砥ぎやすいのは「村斗」です。
※写真は右側面ですが、左側面も芯材と側材の境目は同じように見えています
以下は「村斗」「燕三条」の刃先部分の断面のイメージ図です。
白い部分が側材、灰色が芯材、赤が刃付けのために砥がれた部分です。
この場合、片刃にしやすいのは「村斗」です。右の「燕三条」は芯材が出ている部分の半分以上がすでに砥がれているため、これを片刃に砥いだ場合、芯材部分を刃先として使える期間が「村斗」と比べて短いです。
「村斗」を片刃に砥ぎ直すと以下のようになります。
芯材の露出部分が長いので、「片刃」に砥いでも側材まで砥ぐことはありません。
砥ぎ進めると、この図のようなイメージになります。
赤い部分が砥いで減った部分です。
ここまでは「芯材で切っている」と言えます。
私の使い方だと、ここまで砥ぐのに20年以上かかると思います。
側材まで砥いだ図です。
ここまで研ぐと「側材で切っている」と言えます。
※最近の割り込み包丁は、側材でも食材を切ることができます
●現代のステンレス
現代のステンレスは以前の金属より高性能になりました。
仮に割り込み包丁の「側材」まで砥ぎ進めても、側材に使われている金属が刃物として使える金属ならそのまま使っても問題ありません。
切り心地や刃の耐久性が変わりますが、私が実験のために砥いだ「F-503(割り込み包丁)」は、側材部分で切っても、食材を切ることができます。
「割り込み包丁を片刃に砥ぐと全く切れない」というのは、和包丁の側材に使われる軟鉄(刃物として使えないほど柔らかい鉄)のイメージが強いからかもしれません。
●「割り込み包丁は片刃に砥いではダメ」と言われている理由
割り込み包丁を片刃に砥ぐのはダメという意見もありますが、これは金属を作る技術の問題だと思います。昔の金属を作る技術では、切れ味を増すために「硬さ」を追求するほど、折れやすく、欠けやすくなりました。逆に、折れや欠けに強くしようとするほど柔らかい金属になってしまい、切れ味が落ちてしまいました。
相反するものを融合させるため、刃になる硬い金属を柔らかい側材で挟み、刃先だけ出したものが「割り込み包丁」です。
簡単に書くと「硬い金属(芯材)+柔らかい金属(側材)」が昔の割り込み包丁です。
私は、和包丁の側材に使われる軟鉄で食材を切った経験はありませんが、ネットで調べてみると、包丁として使えないほど切れ味が落ちるという意見もあります。昔ながらの割り込み包丁を片刃にすると、側材と芯材との切れ味に大きな差が出てしまうのかもしれません。
そのような背景があり、「割り込み包丁は片刃に砥いではいけない」というイメージが強いのだと思います。
約6年前、実際に藤次郎の割り込み包丁「F-807」を片刃に砥いでもらおうと砥ぎ屋さんにお願いしたことがありますが、断られてしまった経験があります。
●割り込み包丁を片刃に砥いでもよい理由
現代の割り込み包丁は、基本的に片刃に砥ぐことができます。
その理由は3つあります。
1:薄さ
2:減りにくさ
3:金属そのものの性能(硬くて粘りがある金属)
この3つです。
1:薄さ
現代の包丁は薄く作れるため、片刃にしても、片刃のデメリットが出にくくなりました。
2:減りにくさ
現代の金属は減りにくくなったため、側材まで砥ぐには10年単位の時間が必要になり、片刃に砥いでも側材まで砥ぐことが少なくなりました。
3:金属そのものの性能(硬くて粘りがある金属)
現代の包丁は金属そのものの性能が良いため、たとえ側材が刃先になっても、家庭レベルでは問題なく切れるようになりました。
昔の割り込み包丁は、「硬い金属(芯材)+柔らかい金属(側材)」でしたが、
現代の割り込み包丁は、「すごく硬い金属(芯材)+硬い金属(側材)」という構造になっています。金属そのものの性能が上がったため、たとえ側材が出ても問題ない場合が多くなりました。
まとめ:
「割り込み包丁は片刃に砥げるの?」という疑問については、私の意見は「砥げる」となります。
新品状態の割り込み包丁は、少なくとも芯材が3㎜以上見えていますから、新品の割り込み包丁なら全部片刃にすることができる、ということです。
今後、割り込み包丁を片刃にカスタムしてみたいという方には、入門編として「村斗」をオススメしたいです。
私が砥いだ割り込み包丁の中で一番コスパが良いです。
動画:
以下、片刃にカスタムした「村斗」と、以前私がカスタムした「旬」で野菜を切る動画です。片刃になった結果、刃離れが良くなり、砥ぐ手間も半分になりました。
もちろん硬いものを半分に切る作業もできるので、割り込み包丁を片刃に砥いではいけない理由はないと思います。
動画の「旬」も片刃にできますが、高価ですから、刃付けに失敗したときに落ち込まない自信がある人は挑戦してみてください。
片刃にカスタムした「村斗」の動画 https://www.instagram.com/reel/CheySN0Je71/?igshid=YmMyMTA2M2Y=
片刃にカスタムした「旬」の動画
コラム:「気になった表現」
包丁のパッケージに気になった表現がありました。
2つのパッケージを見ると、側材の説明には「砥ぎやすいステンレス」と書いてあります。
付属の説明書に記載されていた15度という砥ぎ角どおりに砥げば、砥石に当たるのは芯材だけです。
もし新品の状態で側材まで砥石に当たるように砥ごうとすると、砥ぎ角は2度か3度、つまりほぼ水平になってしまいます。
単純に考えると、私が普段使っている「結」はHRC硬度58前後のモリブデンバナジウムの刀身で、3年間仕事で使って0.5㎜しか減っていませんから、HRC硬度60前後のAUS10を5㎜減らすには、30年以上かかる計算です。
私と同じ使い方をした場合、パッケージの表記にある「砥ぎやすいステンレス」を砥ぐのは30年先になります。
「30年後に砥ぎやすくなるからこの包丁を買う」というユーザーは少ないと思うので、
砥ぐことがない側材を「砥ぎやすいステンレス」と表現するのはなぜなのか、気になりました。
また、側材の金属は、芯材の「AUS10と比較して砥ぎやすい」というだけです。
「芯材のAUS10と比較して側材のステンレスの方が砥ぎやすい、だからこの包丁を買おう」と思える経験豊富な人は、芯材にAUS10が入っていても砥ぎにくいと感じることはないはずです。
以上です。
現代の割り込み包丁なら片刃に砥ぐことは可能で、片刃のまま20年以上使えます。
※20年後、もし側材部分が刃先になって「急に切れなくなった」と感じたら、両刃に砥ぎ直せばさらに使えます
「割り込み包丁は片刃に砥げる」ということが多くの人の共通認識になれば、料理がもっと楽しくなると思います。
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