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昔と現代の割り込み包丁の違い ―芯材5㎜の謎―

更新日:1月14日



前回の投稿の後半部分で、「昔の割り込み包丁は、本当に割り込みにしなければならない事情があった」と書きました。

これについて「なぜですか?」という質問をいただいたので、今回はその詳細と、現代の割り込み包丁が片刃にできる理由についての補足です。


※前回の投稿「片岡製作所響十のカスタム」



「割り込み包丁」とは、簡単に言うと、芯材を側材で挟んだ構造の包丁です。

「合わせ・三枚」とも呼ばれています。



今回は主に、以下の図を説明する内容です。

補足のつもりだったのですが、いろいろと長い投稿になってしまったので、興味がある人だけ読んでいただければと思います。



◎昔の包丁が割り込みにしなければならなかった事情

「割り込み包丁(割り込み系刃物)」の歴史は長く、識字率がとても低い時代からありました。

文献を調べてもはっきりしたことがわからないため、あくまでも、歴史から想像したり、人から話を聞いたり、実験をしてみてわかったことを書きます。


「割り込み包丁」が作られた理由はたくさんあるのですが、根本的な理由は「高性能で安価な刃物用金属を大量に作れなかったから」です。

具体的には以下のように工夫するために、割り込みという手法を使ったと思われます。



1:折れにくい包丁にするため


2:刃欠けしにくい包丁にするため


3:できるだけ芯材を錆びにくくするため


4:安価で切れ味の良い包丁にするため


5:砥ぎやすくするため



1:折れにくい包丁にするため


包丁は、刀身が薄いほど切れ味が良くなりますが(食材への切り込み抵抗が減る・刃の抜けが良くなる)、ハガネだけで薄い包丁を作ると、硬いものを切るときにひねりなどの力を入れただけで簡単に折れてしまいます。

そのため、鋼の両サイドを、粘りのある鉄で挟むことで、ある程度薄いまま折れにくい包丁を作りました。



2:刃欠けしにくい包丁にするため


芯材(ハガネ)の露出部分が多いほど、その部分の刃欠けが心配になります。

単純には言えませんが、刃の露出が1㎜以下であれば、刃欠けも1㎜以下ですむ可能性が高くなります。

両サイドから芯材を挟み込むことで、刃欠けを防ぐことができます。



3:できるだけ芯材を錆びにくくするため


芯材は錆びやすいため、芯材の露出が多いほど錆びる部分が多く、錆びた部分がもろくなります。

側材で芯材を挟み込み、できるだけ芯材を露出させないことで、芯材のサビを防ぐことができます。

側材の錆びやすさは側材の質によって変わり、現代ほど錆びにくい傾向があります。


4:安価で切れ味の良い包丁にするため


昔の金属の製造は現代よりも不安定な部分が多く、出来の良い刃物用のハガネはとても高価だったそうです。

高価なハガネだけで刀身を作ると、包丁は大変高価になってしまい、家庭用の包丁にはできません。

包丁の切れ味は、食材に当たる刃先部分で決まるので、その部分だけ高価なハガネで作ればよいはずです。

側材の方が安く作れ、扱いも簡単だったため、全てをハガネで作るよりも割り込み包丁の方が合理的だったと言えます。

「多くの家庭に切れ味の良い包丁を届けようとすると、割り込み包丁になる」ということです。


5:砥ぎやすくするため


芯材の方が側材よりも硬いため、一般的には「砥ぎにくい」とされています。

そのため芯材用のハガネだけで包丁を作ると、「欠けやすい・錆びやすい」に加えて、砥ぎにくくなります。

昔は刃欠けが頻繁に起こったため、「砥ぎやすい」ということは現在よりも重要でした。

割り込み構造にすることで硬い金属部分が少なくなり、砥ぎやすくなります。

また、芯材が少ししか出ていなければ刃欠けが小さくなる傾向があるので、砥ぐ手間が省けます。





これらの事情は、安価で高性能な金属があれば解決することです。

そしてそのような金属が開発された現代、割り込み包丁を作る意味合いが変わってきました。


以下に続きます。


◎現代の割り込み包丁 ―芯材5㎜の謎と片刃にできる理由―


現在の金属は性能が向上し、量産もできるようになったため、昔なら芯材として使われるような金属だけで刀身を作れるようになりました。

現代は、家庭用万能包丁として考えた場合、本来の意味での「割り込み包丁」にするメリットがなくなってきていると言えます。


あくまでも私の経験からの憶測なのですが、現代の割り込み包丁は、昔の割り込み包丁と違い、「1:イメージ・2:ファッションやデザイン」などを重視して作られているものや、

「3:切れ味重視の刀身の断面形状の仕上げ方」によって、研ぎ角を鋭角にしているものがあります。




1:

「イメージ重視」というのは、「割り込み包丁は切れ味が良い」という昔ながらのイメージです。

例えば50年前から情報がアップデートされていない人から包丁の話を聞けば、「割り込み包丁は切れ味が良い」と言う可能性もあり、年長者の言葉だからと鵜呑みにしてしまう人も多いはずです。


現代の刃物用金属は、メーカーや鋼材ごとの細かな特徴はあっても、それぞれ高度な管理の中で作られているため、価格に対してほぼ横並びの性能です。

切れ味は、「割り込み包丁だから良い」というわけではなく、「砥ぎの良し悪し」に左右されることがほとんどです。


※「青紙スーパー(ハガネ)とモリブデンバナジウム(ステンレス)」の切れ味の比較についてはこちらです

同じ砥石で同じ人が砥いで比較しています





2:

「ファッション・デザイン」というのは、見た目の美しさやカッコよさ、デザインの一環としての割り込み構造です。

代表的なものに「ダマスカス模様」というジャンルがあります。

※「ダマスカス包丁」豆知識はこちらです


また、他の例としては、同じ金属でできた刀身に割り込み包丁に見られる模様をつけ、「割り込み風」に仕上げられたものあります。

表面をザラザラに加工して模様をつけるため、切り込み抵抗や汚れの心配がありますが、それよりもデザインを重視して作られていることがわかります。




3:

「ベースになるブレードの芯材の厚さ」によって露出の長さは変わりますが、現代の研磨機は昔より高性能になったため、刃を薄くでき、切れ味を重視した鋭角な刀身の断面形状に仕上げることができます。

刀身全体の研磨角を鋭角にするほど芯材の露出部分が多くなり、その結果、多くの割り込み包丁の芯材の露出が5㎜前後になると思われます(現代の割り込み包丁の概念図を参考に)。





昔と現代の割り込み包丁の構造の違いを極端にイメージすると、昔は「芯材にガラス、側材に軟鉄」、現代は「芯材も側材も硬くて丈夫な金属」というイメージです。

実際に、現代の割り込み包丁は、側材で切っても切れ味に問題ない場合がほとんどだと思います。

いずれにしても、昔と現代の割り込み包丁は、根本的に割り込み構造にする理由が違うと思います。



以下、冒頭の図の説明です。

この図は、昔の割り込みと現在の割り込みの違いを示したものです。

実際はここまでの差はないと思いますが、視覚的にわかりやすくするため誇張して表現しています。

黒が芯材、グレーが側材ですが、そもそも使われている金属の質が現代の方が優れていることも加味して比較してみてださい。



「割り込み包丁は片刃に砥げるの?」も参考にしてください。



「割り込み包丁は片刃にしてはいけない」と言われていた理由は、「砥いだらすぐに側材が出てしまう(側材の方が切れ味が悪い)」ということです。

すぐに側材が出てしまうということは、昔の割り込み包丁は、芯材の露出が少なかったということがわかります。

「片刃に砥いではいけない」という言葉から、昔の割り込み包丁が図のような構造だったとわかります。

割り込み包丁の構造の意味を考えると、芯材の露出部分はできるだけ少ない方が合理的なので、上の図の「昔の割り込み包丁」の構造と、「両刃の刃付け」が理想です(理想というか両刃にしかできない)。



しかし現代の割り込み包丁は、芯材が丈夫になり、露出部分が5㎜前後でも問題なく使えます。



昔の金属で芯材を5㎜露出させると、大きな刃欠けの可能性が高くなるはずなので、現代の割り込み包丁で芯材を5㎜露出させる理由は「この程度なら刃欠けしない」という前提があるはずです。

しかし現代の包丁の薄さで芯材を5㎜露出しても刃欠けしないなら、側材の役割がほとんどなくなり、「合理性」を追求する意味での割り込み包丁にする理由はありません。



また、5㎜の説明が、仮に「芯材部分が5㎜あればそれがなくなるまで長く使えるから」という理由だとしたら、説明としては矛盾しています。

その理由は、包丁業界ではいまだに「割り込み包丁は片刃に砥いではいけない」という前提があるからです。



片刃にしてはいけないとは、つまり「両刃に砥がなければならない」ということですが、両刃に砥いだ場合は、芯材の露出が1㎜以下でも必ず芯材が出ます(必ず芯材が刃先になる)。

芯材の露出が少ないほど割り込み包丁としての本質に近いので、両刃に砥ぐことを前提とした割り込み包丁では、芯材を5㎜露出させることの説明ができなくなります。



ここまでが、「芯材5㎜の謎」です。

この謎については「デザイン重視の結果です」や「芯材が砥げているか目視で確認しやすくするためです(芯材が丈夫になったため5㎜露出させるゆとりができ、そのゆとりを芯材を目視できる安心感へ振り分けた)」などで説明がつくのですが、それ以外に私にとって嬉しい答えがひとつあり、それが、「刃先の片刃化」です。



現代の割り込み包丁が5㎜前後の芯材を露出させていることで、割り込み包丁でも「完全片刃化」が可能になりました。




完全片刃に砥ぐなら、芯材の露出が多いほど包丁の寿命が長くなります。

「割り込み包丁は片刃にしてはいけない」と言っている包丁メーカーが多いのは事実ですが、5㎜の露出のおかげで片刃に砥ぐことができ、家庭レベルの使い方なら10年以上は使えます。

割り込み包丁を完全片刃にできる理由は「芯材が5㎜前後露出しているから」と言えます。





以上です。

なにか参考になれば嬉しいです。

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