包丁なんでも相談室で「ダマスカス包丁ってどうなの?」と質問をいただくことがあります。 刀身に「ダマスカス模様」と呼ばれる波紋や木目のような模様がついた包丁ですが、 今回は、私が勉強した範囲で、ダマスカス模様の包丁について書いてみます。
最後に、私が唯一作ってみたいダマスカス包丁(コアレスダマスカス)についても書いてみます。
私が持っているダマスカス模様の包丁です
●「ダマスカス」って?
「ダマスカス」は、現在のシリアの首都の名前です。
ダマスカス模様とは、昔、ダマスカス地方で作られていた刃物の刀身の模様に由来しています。ダマスカス模様ができる理由は、当時は不純物の少ない金属を作る技術が今よりも低かったからです。 溶けた金属の中には様々な不純物があり、それぞれが冷えて固まるときにムラができます。ムラのある金属を伸ばして磨くことで、波紋や木目のような模様になりました。
現代は、不純物のない金属を作ることができるようになり、磨いても模様が出なくなりました。「本来のダマスカス模様は、純度の低さによってできたものだった」と言えます。
「不純物」についは、塩や砂糖で例えてみるとわかりやすいと思います。
塩や砂糖の精製技術が上がると、純度の高いものを安く大量に作れるようになりました。
金属も同じで、現在は純度の高いものを安く大量に作れるようになり、従来のダマスカス鋼は使われなくなりました。
昔のダマスカス鋼の性能が良かったかどうかは、歴史的にも不明な点が多く、本当のところはわかりません。私が調べた限りでは、当時としては性能が良かったのかもしれませんが、それよりも、「強い軍隊がたまたまダマスカス鋼の武器を使っていた」「砥ぎの技術が高かった」などの要素が強いと思います。
●現代のダマスカス包丁
現代はダマスカスは「模様の美しさ」に人気があると思います。
ダマスカス模様が好きな人に向けて、あえて刀身にダマスカス模様をつけた包丁が売られています。その多くは、「武生特殊鋼材株式会社」の鋼材が使われています。ダマスカス包丁の芯材、つまり食材を切る部分の金属は、高級金属と呼ばれる「VG10」 なので、切れ味はオールVG10の包丁と同じです。
なので「ダマスカス模様=切れ味が良い」とは言い切れません。
市販されている現代のダマスカス包丁の模様の出し方は、数種類あります。
以下、私が持っている3種類のダマスカス包丁(ダマスカス模様の包丁)の写真です。
①
違う金属を何層にも重ね合わせ、それを砥いだりして模様にしたものです。
槌目加工などで波打つように重ねれば、木の節のような模様、平らに重ねれば、等高線のような直線的な模様が浮かび上がります。
不純物のない2種類の金属を交互に重ねているので、「従来のように不純物があるから模様になってしまう」というものではありません。
純度の高い金属でできた良い意味で「ニセモノのダマスカス包丁」であり、家庭用包丁としての性能に問題はないと思います。
②
あらかじめダマスカス模様に加工した金属を、包丁の芯材に両側から貼り合わせたように見えるものです。圧着させたときの影響なのか、芯材と模様の間にわずかな「へこみ」が確認できます。このへこみに「曲げ」の力が集中してしまいそうなので、単一素材の包丁より境目の強度が低いと言えるかもしれません。
③
レーザーで模様をつけたものです。
焼いたり細かい傷をつけたりしてダマスカス模様にしています。
細かい傷をつけるタイプは、汚れが溜まりやすく、衛生面で問題がありそうです。 また、ザラザラの刀身の摩擦によって、食材によっては包丁と食材の間の「滑り」に影響が出るかもしれません。
滑りに影響が出るということは、ツヤに影響が出るということなので、包丁としての性能は劣ると言えます。 価格は安価です。
●その他の模様の付けかた
2種類の金属の腐食の違いを利用する方法(エッチング)や、硬さの違いを利用する方法(ブラスト)もあります。 私が知っている範囲では前者がG.SAKAI、後者が藤次郎のダマスカス包丁が有名です。
●ダマスカス模様の包丁の切れ味は?
側材と芯材があるダマスカス模様の包丁の切れ味は、基本的にVG10の切れ味と同じです。家庭用包丁として考えた場合、切れ味は変わらないか、むしろ悪く感じる場面もあると思います。
切れ味が変わらないと言えるのは、切れ味に影響するのは「食材に触れる部分の金属の種類」と、「その金属の砥ぎの仕上がり」だからです。
むしろ悪くなると言えるのは、高価な部類のダマスカス包丁は家庭用の安価なものと比較して刀身が厚いため、切り込み抵抗が増えるためです。
また、ブラスト加工でダマスカス模様を出している包丁は、ザラザラの表面の「ひっかかり摩擦」によって切れ味が悪く感じる可能性もあります(切る食材によります・まだ実験はしていませんが)。 いずれにしても、「ダマスカス模様だから切れ味が良い」ということはありません。
切れ味は、「砥ぎ」がポイントです。
そして家庭用包丁は、その切れ味を手軽に維持できることも重要です。
●なぜダマスカス模様が人気なの?
私は、「ユーザーが望むからメーカーが作った」というよりも、「メーカーがダマスカスブームのきっかけを作り、ユーザーがダマスカス包丁を望むようになった」と感じています。
後期のブームについては、各メーカーの「後追い」だと思います。ダマスカス模様の包丁が人気商品になったため、各社も売り始め、いまは中国製の「レーザー系ダマスカス模様」の包丁が2000円程度で売られています。
私がダマスカス包丁を使った経験上、切れ味や切り心地に差はないので、人気の秘密は、デザインそのものや、ダマスカスの歴史などにあるのだと思います。
もちろん「ブランディングがうまくいった」と言える面もあるはずです。
現実としてダマスカス包丁のニーズはありますが、包丁メーカーの中にも、ダマスカス模様の本当のことを知っている人と、知らずに「ダマスカスはすばらしい」と信じている人がいるように感じます。メーカーにもユーザーにも「ダマスカス=切れ味がよい」と誤解している人がいて、相互の誤解や企業の販売戦略によってブームが続いていると思います。
また、メーカーにもユーザーにも、ダマスカス模様に数種類の作り方があることを知らない人もいるかもしれません。
ユーザーがダマスカス包丁について勉強することが大切ですが、メーカーがダマスカス模様の勉強をして、ユーザー本位の包丁を作ることも大切だと思います。 これまで多くの包丁メーカーの人と話をしてきましたが、その話で一番納得できたのが、大手包丁メーカーの上層部の方から直接聞いた「あれはデザインですよ(笑)」という回答でした。
簡単に言えば「見た目」ということです。そして私もそれが本当の答えだと思います。
●私がダマスカス包丁を使わない理由
私は3種類のダマスカス模様の包丁を持っていますが、研究用に使っただけで、普段は使っていません。私がダマスカス包丁を使わない理由は以下です。
・本物系ダマスカス包丁は重い
・レーザー系は軽いが不衛生(汚れが溜まりそう・食材のツヤがなくなりそう)?
・ダマスカスは男性感が強いデザイン(個人的な思い)
・性能に対して高価に感じる
・家庭用包丁には道具としての性能を重視したい
・もっともっと楽しい包丁があるから(新型万能包丁)
●私が唯一作ってみたいダマスカス包丁
レーザープリントなどのダマスカス模様を除き、市販のダマスカス模様の包丁は、どれも芯材と側材の組み合わせで、食材に当たる部分はVG10というステンレス1種類です。
また、「割り込み」という構造上の理由から、家庭用としては、「両刃」の包丁しか作られていないのが現状です。
私はダマスカス包丁は普段使用しませんが、ひとつだけ、とても興味がある素材があります。それは、武生特殊鋼材の「コアレス鋼(クラッド材)」という素材です。
この素材の最大の特徴は、芯材がないことです。
すでにこの素材を使った包丁「iiza(イイザ)」が販売されていて、その美しさに見とれてしまった経験があります。
(コアレス鋼についてはコチラ) 芯材がないので、私の理想の包丁を作ることができます(条件を満たせば芯材があっても私の理想の包丁を作ることはできます)。そして新型万能包丁の便利さに加えて、ダマスカス鋼の刃先が直接食材に触れることと、砥ぐたびに刃先の模様が微妙に変わっていくことが魅力です。鋼材の説明にある絶妙なセレーション効果、そして砥ぐたびに変わる模様の変化は、体感できるほどではないかもしれませんが、想像するとワクワクします。 私がダマスカス模様の包丁を作るなら、「コアレス鋼」で以下のような家庭用包丁を作ってみたいと思いました。
刃渡り 190㎜
形状 シェフナイフ (シームレス砥ぎ対応設計)
砥ぎ角 18度
刃先厚 0.43㎜
刃線 和洋混合
刀幅 46㎜
重さ 165g前後
価格 私は5万円でも買います(笑) ※ハンドルや刀身のデザインは細かくなるので書きません
以上、ダマスカスの豆知識でした。
なにかの参考になれば嬉しいです。