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片刃の和包丁と片刃の洋包丁の違い

更新日:2月6日



今回は「片刃」を知るための本質的な内容です。

包丁を使う人はもちろん、作る人にも有意義な内容です。

リンク先も含めると長い投稿ですが、真剣に包丁に向き合いたい人には参考になると思います。


以下の目次で書きます。


◎序文

◎それぞれの違い

●母材の厚さ

●裏スキのあるなし

●切り刃の幅

●刀身の 断面の形

●砥ぎやすさ

◎共通点

◎切れ味は変わらない

◎片刃の洋包丁にも4種類ある

◎考察

◎あとがき






◎序文


和包丁は基本的に片刃ですが、両刃が主流の洋包丁の中にも、新品状態から片刃のユニバーサルエッジや、プロが独自に研ぐ片刃もあります。


私が片刃の洋包丁の研究を始めたころは、新品状態から完全片刃の家庭用包丁は、「藤次郎F-875」だけでしたが、数年後には廃盤になりました(ペティナイフについては調べていませんが、貝印から発売されていたものは確認済みです)。


しかし料理をするプロの世界や、砥石を使って包丁を砥いでいる人の中では、片刃の洋包丁は昔からありました。

現在私が知る限り、片刃の洋包丁を使っている一番有名な方は、料理系ユーチューバーの「ジョージ」さんです(登録者数94万人以上)。

ジョージさんは2年ほど前のご自身の動画で、実際にお使いになっている片刃の洋包丁を紹介し、「わしは片刃一択」とおっしゃっています。


※:ジョージさんの動画 「包丁の研ぎ方 シェフは両刃?片刃?基本からちょっとマニアックな方法まで解説」5:15~



また、私が住む南伊豆の鰻屋「川八」さんは、オーナーご自身、そして修行を終えた息子さんも片刃の洋包丁をお使いになっています。


川八さんのブログ記事はコチラ

30年前、片刃の洋包丁について関市の包丁専門店に尋ねたところ「ない」と言われた、というエピソードが興味深いです。





◎それぞれの違い


同じ「片刃」でも、和包丁と洋包丁では、主に以下の5つの違いがあります。


●母材の厚さ

●裏スキのあるなし

●切り刃の幅

●刀身の 断面の形

●砥ぎやすさ


私の実務経験や実験の結果、刃物の歴史などをふまえてそれぞれの違いについて書きます。




●母材の厚さ


和包丁:母材が厚い

洋包丁:母材が薄い


基本的に母材が厚いほど包丁の切れ味は悪くなります(切り込み抵抗が増えるため)。

厚みがあると、切り込み抵抗が増えるだけでなく、重心位置が切っ先寄りになり、細かいコントロールや手首の疲労にとってマイナス要素になります。

また、使う金属の量も増えてしまい、SDGsやコスト面でマイナスです。

昔は、折れない丈夫な刀身を作るためには、刃の厚みが必要でしたが、薄い刀身を作れる現代でも和包丁の母材が厚いままなのは、洋包丁との差別化のためだと考えられます。


あくまでも一般的な目安としてですが、和包丁は厚さ2.5~3.5㎜程度の母材を刀身とし、洋包丁は厚さ1.4~2.3㎜程度の母材を刀身としています。

母材が薄い洋包丁の方が、切れ味や砥ぎやすさ、汎用性など多くの面で刃物として優れています。



刀身の断面図(あくまでも一般的なもの・業務用などの大型の包丁になるほど厚みが増す)




























●裏スキのあるなし


和包丁:裏スキがある

洋包丁:裏スキがない


裏スキがある理由は「裏を砥ぎやすくするため」です。

裏スキのない和包丁の裏を、番手が高い砥石で砥ぐと、包丁が砥石にぴったりくっついてしまい砥ぎにくくなります。


洋包丁には裏スキがないので、「裏切れ」という状態もなく、長く安定して切れ味を発揮でき、バリ取りも簡単です。


裏スキの意味を調べると「切れ味が良くなる・身離れが良くなる」と書いているサイトもありますが、少なくとも私が仕事をしているレストランのスタッフたちとの実験では、誰も裏スキのあるなしによる切れ味や身離れの違いはわからず、砥ぎやすさの違いについてははっきりわかりました。

もちろん私も実験に参加しましたが、わかるのは砥ぎやすさの違いだけでした。


また、職業で柳刃包丁を使っている人に尋ねたところ、裏スキのあるなしの差は毎日何時間も切らないとわからないんじゃない?という意見でした。

一般家庭では、裏スキのあるなしが「切る作業」に与える影響の差は、ほとんどないと判断できます。



下図グレーの部分が刀身の断面、緑色の部分が裏スキです。

洋包丁には裏スキはありません。

























裏スキについて詳しくは以下をご覧ください。

裏スキあれこれ ―裏スキの意味―






●切り刃の幅


和包丁:切り刃の幅が長い(刃先からしのぎまでの距離が長い)

洋包丁:切り刃の幅が短い(刃先からしのぎまでの距離が短い)



和包丁は、厚い母材にそのまま10度前後の刃をつけるため切り刃の幅が10㎜以上になります。

一方洋包丁は峰から刃先に向けてテーパー状に研がれた刀身の先に刃をつけるため、切り刃は1㎜前後になります。

その結果、刃先厚や砥ぎ角との組み合わせによって毛細管現象を打ち消すことができる刃付けが可能になり、刃離れ効果がうまれます。





























切り刃の幅による刃離れの違いについては以下をご覧ください。

片刃は刃離れが良いの? ―毛細管現象―






●刀身の断面の形


和包丁:刀身の断面の形が左右非対称

洋包丁:刀身の断面の形が左右対称 (微妙に非対称のものもある)



和包丁は刀身そのものが左右非対称になるので、製作にコストがかかりますが、洋包丁は基本的に左右対称なので、刃付けだけで左右の利き手を決められ、管理や量産がしやすいというメリットがあります。



下図を見るとわかるように、和包丁の刀身は左右非対称のため、左右それぞれの刀身を作る必要があります。

一方洋包丁は、あらかじめ左右対称の刀身を作っておき、最後の刃付けを右か左かにするだけで左右の利き手に対応できます。

SDGsの視点から考えると、洋包丁の刀身の形が優れていることがわかります。



刀身の断面

和包丁は左右非対称、洋包丁は左右対称


























和包丁は裏スキがあるため刀身そのものが左右非対称です。

一方洋包丁は、左右対称の刀身に対して、刃付けだけで左右の利き手に対応できます。

上にも書いたように、洋包丁の刀身にも微妙に左右非対称の刀身はありますが、「左右兼用の刀身」と言える範囲の小さな違いです。





●研ぎやすさ


和包丁:砥ぎにくい

洋包丁:砥ぎやすい


包丁は、砥ぐ面積が小さいほど楽に砥ぐことができます。

洋包丁の切り刃の幅は和包丁の10分の1以下の場合が多く、それだけでも洋包丁は砥ぎやすいと言えますが、しなりを利用した砥ぎ方「シームレス砥ぎ」に対応できる場合が多く、その点からも和包丁より砥ぎやすいと言えます。



下図のように、洋包丁の刃先は和包丁の10分の1以下の場合がほとんどです。




























以下の投稿も参考にしてください。

素材の違いによる研ぎやすさについても書いています。


片刃は砥ぎやすい?






◎共通点


片刃の和包丁と片刃の洋包丁で、ほぼ共通と言える部分がひとつあります。

それが「刃先の1ミリ」です。

この部分が同じ形をしているため、和包丁(薄刃包丁)の得意分野と言われる、薄切りや皮むきも、洋包丁の便利な刀身はそのままで、楽にこなすことができます。

下図の青く囲まれた部分が「共通部分」です。


和包丁の片刃と洋包丁の片刃の共通部分



























図では形がわかりやすいように大げさに表現しているため、洋包丁は両刃の刃先のように見えますが、実際は完全片刃の和包丁とほぼ同じ形です。



また、和包丁は切り刃の研ぎ角が8~12度前後、ユニバーサルエッジは18度前後で、和包丁の方が鋭角に見えるのですが、実際の和包丁は砥ぎ角の2倍以上の「小刃・糸刃」をつけるので刃先は鈍角になり、刃先の角度だけで言えばユニバーサルエッジの方が切れ味が良いかもしれません。



下図が和包丁の刃先の拡大イメージです。

赤い部分が「小刃・糸刃」です。














「小刃・糸刃」をつけず18度に研いだユニバーサルエッジの切れ味は、和包丁と遜色ないと言えます。


詳しくは以下を参考にしてください。

ユニバーサルエッジに「小刃・糸刃」が不用な理由


※切れ味については、下に書く「◎切れ味は変わらない」も参考に





◎切れ味は変わらない


参考までに、和包丁も洋包丁も切れ味は大きく変わりません。

切れ味に影響するのは、使っている金属と砥ぎ方、そして切り方です。


和包丁は両刃の洋包丁と比較して砥ぎ角が鋭いので、同じ使い方をすれば、砥ぎ角の鋭い和包丁の方が切れ味が良いのですが、硬いものを半分に切るような作業では、片刃特有の切り込み抵抗と、和包丁の刃の厚さの影響で、洋包丁の方が切れ味が良い(切込りみ抵抗が少ない)場合も少なくありません。


和包丁の切れ味が良い理由は、「切れ味の良い切り方」つまり「スライド切り系の動かし方」しか使えない刃線形状になっていることと、「砥石」を使っていることが主な理由です。


和包丁も、簡易シャープナーや砥ぎ棒などで砥げば、簡易シャープナーや砥ぎ棒で砥いだ洋包丁と同じような切れ味になりますし、逆に洋包丁を砥石で砥げば、砥石で砥いだ和包丁と同じような切れ味になります。


「和包丁の切れ味が良いのは裏スキがある片刃だから」と考えている人も多いようですが、実験の結果ではそこまで関係があるとは感じませんでした。


このあたりの話や実験結果は以下の記事を参考にしてください。

切り方を変えると切れ味が変わることがわかる写真も掲載しています。


★切り方と切れ味の関係 ―和包丁の方が切れ味が良い理由 簡単編―


★切り方と切れ味の関係 ―和包丁の方が切れ味が良い理由 詳細編 前編―


★切り方と切れ味の関係 ―和包丁の方が切れ味が良い理由 詳細編 後編―






◎片刃の洋包丁にも4種類ある


片刃の洋包丁にももちろん種類があります。


1:プロが独自に研いだプロ用

2:藤次郎F-875(最初から片刃の家庭用洋包丁)

3:片刃風

4:ユニバーサルエッジ


大きく分けてこの4種類です。



1:プロが独自に研いだプロ用


プロが独自に研いだ片刃の洋包丁は、プロ用の長い包丁がベースのため、刃先厚が厚く、砥ぎ角が鋭角なものが多いです。

砥ぎ角が鋭いと刃離れが悪い傾向があり、さらに刃先厚があるため切り込み抵抗もあります。

また、刀身が硬く刃渡りが長いため、シームレス砥ぎに対応できないことや、刃付けを急ぐと刃先だけが鈍角なコンベックスになりがちです。

切り刃がコンベックスなので、はっきりとした「しのぎ筋」がないものも多く、「プロが自分のためにしか砥げない」と言える包丁です。


プロ用:刃先の厚い鋭角なコンベックス





2:藤次郎F-875(最初から片刃の家庭用洋包丁)


私が考案した「ユニバーサルエッジ」以外で、家庭用の片刃の洋包丁として良好なパフォーマンスを発揮していたのが、廃盤になった藤次郎F-875(前期モデル)です。

2014年以前のモデルと、廃盤になる直前の2017年のモデルでは刀身の厚さが違い、前期モデルは研ぎ方次第でユニバーサルエッジと同じ性能を発揮し、後期モデルは刃先厚が薄く、片刃の洋包丁の特徴である「刃離れ効果」はまったくありませんでした(刃離れ効果が出る刃先厚にするには刃幅が5㎜以上短くなってしまいます)。

後期モデルは刃先厚が薄い両刃包丁に近いので、硬いものを切るときに使いやすいと言えなくもないのですが、それなら両刃を使っても問題ないと思います。

前期モデルは、私が働くレストランで現在も私以外のスタッフたちが使っています。


藤次郎F-875:刃先が薄いフラットグラインド





3:片刃風


一見「片刃」に見えるのですが、実際は両刃の包丁です。

10:0の完全片刃ではなく、9:1や8:2の片刃風に砥いであります。


利き手側を多く砥ぐほど「薄切り」「皮むき」がしやすくなるのですが、その分硬いものを半分に切るような作業のときに、真っすぐに切るのが難しくなります。

片刃と両刃の両方の利点を追求した研ぎ方なのですが、逆に言えば「どっちつかずの性能になってしまう刃付け」と言うこともできます。


たとえ9:1で片刃に近づけても、完全片刃の包丁とは大きな差があり、切り心地は「別世界」と言えます。

これは普段から料理をしている人ほど感じる違いで、特に硬い食材の薄切りのやりやすさで大きな差がでるため、モチベーションに影響します。


片刃風に砥ぐと、結局「両刃」として扱うことになるため、砥ぐ手間もかかります。


私は、片刃風ではなく、完全片刃を強くお勧めします。

そして完全片刃の中でも、もちろんオススメするのはユニバーサルエッジの完全片刃です。



片刃風:様々な刃付けがある。完全片刃ではないので刃付けの特徴が中途半端になってしまう。





4:ユニバーサルエッジ


ユニバーサルエッジは、家庭用として流通している多くの包丁のデメリットを解消し、メリットを引き出した片刃の家庭用万能包丁です。

この10年で150丁以上を研究しましたが、家庭用万能包丁としては、今のところユニバーサルエッジ以上のものはありません。

40席以上のレストランの仕事もユニバーサルエッジだけです。


また、腕自慢も参加する「包丁チャレンジ」というイベントで、ユニバーサルエッジが一度も負けたことがないという結果も、ユニバーサルエッジの実力を証明していると思います。


「砥ぎやすさ」についてもなにも言うことはなく、「シームレス砥ぎ」に対応しているため、1分以内の作業で、刃先としのぎ筋が平行で乱れのない刃線を保つことができます。

下の写真はユニバーサルエッジ「結(現在は廃盤)」の刃線です。

写真の時点で2万食以上を作った刃線ですが乱れはありません。







◎考察


和包丁の片刃と洋包丁の片刃は、同じ「片刃」でも刃先の構造以外は全く違います。


和包丁の片刃は、切り刃の幅が広いため、刃離れが悪く、砥ぎにくく、シームレス砥ぎにも対応できません。

また、裏スキがある和包丁のように、刀身が左右非対称な構造では、製造と管理に手間がかかります。

洋包丁は、裏スキがないので左右対称の刀身を作ることができ、刃付けだけで左右の利き手に対応できる点も優れています。



洋包丁の片刃は、和包丁の片刃のデメリットを解消しているため、家庭でも快適に使うことができます。

SDGsの「つくる責任」も充分に果たせる包丁と言えます。






◎あとがき


片刃の洋包丁の研究を始めた8年ほど前、大手メーカーも含む30社ほどに「片刃のシェフナイフは売っていますか? とても便利なので、もし売っていないなら共同開発しませんか?」と問い合わせました。

しかし「ない」「作る気もない」という回答がほとんどで、唯一作ってくださったメーカーも、自社製ではなく、私(渡邉典子)の包丁として作ってくださり、3年後には事情があって廃盤になりました。

廃盤後、「共同開発・販売」をしてくださるメーカーを探しているのですが、今のところユニバーサルエッジは弊社だけのオリジナル包丁として流通しています。


私が仕事をしているレストランの店内には、常にユニバーサルエッジの動画が流れているため、興味を持ったお客様が声をかけてくださいます。

実演を直接見てくださったお客様がその場で購入してくださることもよくあり、2024年元日は、4丁のユニバーサルエッジを販売しました。

「包丁メーカーからユニバーサルエッジが発売される」という夢を持ちつつ、地道な活動を積み重ねていきたいと思います。



ということで、今回は主に、


「和包丁と洋包丁の片刃は違う」


「洋包丁の片刃にも大きく分けて4種類ある」


という話でした。



最後までありがとうございました。




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