「手首の引き切り」の動画を見た方から、「押して切っている・この切り方では刃が傷みやすい・包丁の持ち方が良くない・食材の断面がボロボロになる・スライサーの方が楽なのでは?」などのご意見をいただきました。
動画はコチラ
このご意見について書いてみたいと思います。
「手首の引き切り」については以下を参考にしてください。
◎押して切っている
包丁の動きを見て「押して切っている」と判断されたのだと思いますが、私は、包丁教室の生徒さんたちには「手首の引き切り」とお伝えしています。
「手首の引き切り」はホームポジションに構え、手首の関節を中心とした円運動で切る方法です。
下の図は、ホームポジションに構えたときの手首の引き切りのイメージ図です。
青い点が手首の位置、つまり円運動の中心です。
緑の線が円運動の半径です。
たとえば包丁のアゴを赤で示すと、アゴは赤からピンクの点の間で黄色線の弧を描いて反復します。
青の点を中心にした円運動で包丁を動かすと、ピンクの点から切り始め、赤のところに戻って切り終わります。
ピンクから赤で終わるということは、自分から見て奥から切り始め、手前で切り終わるので私は「引き切り」と呼んでいます。
この引き切りは、「手首」の関節を運動の中心としているので、「手首の引き切り」と呼びます。
いただいたご意見は「押して切っている」とのことでしたが、「押す」という言葉の定義があいまいなため、それが間違えているとも言えません。
切り方の名前が統一されていない現在は、その切り方を見てどう感じるかは、人それぞれ
なのかもしれません。
※呼称の統一の重要性
飲食業界や刃物業界では、同じ切り方をしても、「和・洋・東・西」それぞれの現場で呼称が違います。
呼称が日本全国で統一されていないと、実際に「こうやって切ります」と「動き」を示して説明しなければ伝わらない場面があります。
しかし呼称が決まれば、教える側も教わる側も言葉でやり取りできるので説明が楽になり、学習の効率が上がります。
日本各地で和包丁しか使われていなかったころは、「親を見て覚える・親方の技術を見て盗む」という方法しかなかったのかもしれませんし、限られたコミュニティーの中で意思が通じれば、切り方の呼称が各地で違っていても不都合はなかったはずです。
しかし現代の日本では国民の行動範囲が広がりました。
文化交流が活発になるほど地域性の濃い独自の呼称では意味が通じなくなっている場面があり、教育現場では呼称の不統一による限界が見えていることは明らかです。
私の包丁教室では、生徒さんとの意思疎通をより円滑にするため、言葉の定義や本質はどうであれ、切り方に名前をつけることにしました。
名前を考えるにあたっては、「昔ながらの呼称から何を選ぶのか」ではなく、今後の基準になるような新しい言葉を選びました。
呼称の統一は、包丁の教育現場で大きな力になることは間違いありません。
新しい言葉を前にすると、はじめはだれでも違和感があるかもしれませんが、小学校教育からその言葉に慣れてしまえば、いつか標準の言葉として使われる時が来ると思っています。
◎この切り方では刃が傷みやすい
ご意見をくださった方のアカウントを拝見すると、仕事で「和包丁」をお使いになっていると思われる方でした。
和食のプロでしたら、繊細なハガネの包丁と、木のまな板を使っていると思われますので、動画のような切り方を見ると、「刃が傷む・包丁を大切にしていないのではないか」と驚かれると思います。
また、和包丁は重心位置の関係で素早い動きが難しいため、1秒間で6枚切る作業はほぼ不可能か、できたとしても力が必要になり、刃も傷みやすくなります。
その点、ユニバーサルエッジは、重心位置が手前で、靭性の高いモリブデンバナジウムの刀身を使っているので、動画のような動きでもムリがありません。
ムリがないというよりも、包丁の重心位置とまな板の反発力の関係で、動画のような速さがちょうど良いバランスになります。
また、まな板はエラストマー製なので、刃当りは柔らかい部類です。
作業中の音が低いことからも、エラストマーのまな板が衝撃を吸収していることや、その適度な反発力を利用してリズミカルにキュウリが切れていることがわかると思います。
エラストマーの柔らかさによってほんの少しまな板に刃が食い込むため「切り離れ」も良好です。
エラストマーのまな板は、木のまな板に比べて削れにくく、修正が不用なことや、アルカリ消毒にも耐えるので、経済的かつ衛生的です。
和包丁と洋包丁の重心位置の比較はこちらです
話は戻りますが、「和包丁・ハガネ・木のまな板」の組み合わせでは、「手首の引き切り」はしない方が無難だと思います。
しかし「洋包丁・モリブデンバナジウム・エラストマー」の組み合わせなら、手首の引き切りでも問題なく作業ができます。
ユニバーサルエッジの刃の減り具合については、新品と4万食を作ったものの比較写真を参考にしていただければと思います。
写真の包丁でも、必要に応じて手首の引き切りをやっています。
4年で4万食作り、刃渡りは2㎜、刃幅は0.5㎜の減りです。
◎包丁の持ち方が良くない
「手首の引き切り」をするときは、包丁の重心位置と切る食材の高さで変わりますが、私は手首の引き切りでキュウリの輪切りをするときは、動画の握り方がしっくりします。
握り方は人それぞれ、握りやすい方法で握ることが大切だと思います。
※動画の切り抜きでは手首の引き切りだけですが、小学校や包丁教室では「スライド切り」を基本に教えています
◎食材の断面がボロボロになる
手首の引き切りで使う刃渡りは、上に紹介した図の水色の線の間隔です。
この間隔を仮に10㎜とし、そしてキュウリの直径が25㎜とした場合、25㎜の高さに対して10㎜の刃渡りで切ります。
※刃渡り0㎜で切ると「垂直切り」という切り方になり、その包丁で一番切れ味が悪くなります。
25㎜の高さを10㎜の刃渡りで切るときの角度は、市販のスライサーの刃の取り付け角度と似ているので、手首の引き切りで切った食材の断面はスライサーと同じように仕上がります。
また、スライサーの刃は通常砥ぐことがないため、同じ刃渡りを使った場合は砥ぎ直しができる包丁の方が断面のツヤが出しやすいと思います。
※たとえば「食材に対して10度の角度で切る」のが包丁、「10度に傾けた刃に対して食材を移動する」のがスライサーです。
切れ味が同じ刃を使えば断面は同じツヤになると考えてよいと思います。
以下の写真は、左上がスライサー、右下が包丁で切ったものです。
スライサーの刃の取り付け角と同じ角度になるように意識して切ってみました。
断面のツヤの度合いはほぼ同じです。
写真ではわかりにくいのですが、刃を砥がないスライサーで切ったニンジンの断面には、右上から左下に向け、「刃欠け・刃つぶれに」よる線が何本も入っています。
実験に使ったスライサー
スライサーの刃は砥がないので刃欠けが目立ちました
手首の引き切りで切った食材の断面のツヤは、高圧スライド切りで切った食材の断面と似ています。
刃渡りを長く使う「低圧スライド切り」より、「高圧スライド切り」の方が食材の断面が荒れるのは事実ですが、スライサーと同等かそれ以上の断面になるなら、手首の引き切りに大きな問題はないと思います。
低圧スライド切りと高圧スライド切りについてはこちらをご参考に。
切り方と切れ味の関係についてはこちらをご参考に。
和包丁の切れ味が良いと言われる理由について大切なことをまとめました。
切れ味とおいしさの関係について興味がある方は以下をご参考に。
◎スライサーの方が楽なのでは?
私個人としてはスライサーよりも包丁(ユニバーサルエッジ)で切った方が作業が楽だと思っています。
※もちろんスライサーを使うのはそれぞれの好みで、使っていて楽しいものを使うことがなによりです
「手首の引き切り」は動きが速いため、和包丁を使っている人には「刃欠け」が心配だったり、ムリをしているように見えるかもしれませんが、ユニバーサルエッジの重心バランスとエラストマーのまな板の優しさがあれば大丈夫です。
包丁を使えば、スライサーによる利き手のケガの可能性がなくなるだけでなく、必要に応じて厚さやツヤの調整もできます。
また、スライサーを洗って拭いて保管する手間も省けます。
ユニバーサルエッジを使う前、つまり私が飲食店で修行を始める前は、スライサーを使ったことはありましたが、ユニバーサルエッジを使うようになってから10万食を作り、その間スライサーを使ったことはないと記憶しています(実験で使ったことはあります)。
ユニバーサルエッジは薄切りの作業が得意なので、千切りを作るときも並べ直す必要がなく、効率良く、楽しく仕事ができます。
効率が求められる業務の現場(※)でスライサーを使わないということは、ユニバーサルエッジがスライサーよりも総合的に効率の良い道具だということの証明だと思います。
※私の修業の場は客席40のレストランでした。
100人規模の調理をする現場では電動スライサーなどの道具が必要かもしれません。
また、ほぼ同じ効率だと判断される場合は、私は包丁を使います。
以上です。