砥ぎに出すって恥ずかしいの?
- 2 日前
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包丁を砥ぎに出すときに「恥ずかしい」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
理由を伺うと、「使い方が雑なので、見せるのが恥ずかしい」とのことでした。
本来、包丁は日常的に使う道具なので、刃が欠けたり、切れなくなったりするのはごく自然なことです。
それなのに、なぜ砥ぎに出すことが「恥ずかしい」と感じるのでしょうか。
もちろん理由は人それぞれですが、昔の包丁文化や砥ぎ職人との関係性も影響しているのではないかと考えられます。
以下、仮説として書いてみます。
◎「使い方が悪い」と言われる怖さ
包丁を砥ぎに出す人の中には、「こんな使い方をしていたら怒られるのではないか」「刃が欠けているのを見られ、使い方が悪いと思われるのではないか」と心配する方がいます。
なぜ、道具のメンテナンスをお願いするだけなのに、そんなふうに感じてしまうのでしょうかか・・・
かつては今以上に、家庭で日常的に包丁を使うのは女性、刃物を作ったり砥いだりするのは男性、という構図が多かったのではないかと思います。
職人が「砥いであげる側」、使う人が「砥いでもらう側」という関係性になれば、ときには以下のような言葉が生まれることもあったのかもしれません。
「使い方が悪いから刃が欠けるんだ」
「どんな使い方をしているんだ」
「刃物の使い方を知っているのか」
もちろん、すべての職人がそうだったという話ではありませんが、もしこうした言葉を一度でも言われたら、次に包丁を持っていくときに気が重くなるのは当然だと思います。
逆にこれらのことを研ぎ師が言わず、「毎日頑張って料理やってるんですね・あなたのおかげでご家族も幸せだと思いますよ・喜んで砥ぎます・少しでも役に立てれば嬉しいです」などと言ってくれたら、女性たちは安心し、喜んで砥ぎに出していたはずです。
当時、女性が「砥ぎに出すのが恥ずかしい」と控えめな態度を見せれば、研ぎ師から強い言葉で否定されることも少なくなったのかもしれません。
また、研ぎ師から上記のような言葉が出てくることがわかっていて、それでも自分で砥ぐことはできず、実際に恥ずかしい思いを我慢しながらお願いしていたのかもしれません。
どうしても研ぎ師の態度に耐えられない女性や、お願いしても断られてしまった女性は、「自分で砥ぐ」という方法を選びます。
私の場合は、プロにお願いしても包丁を砥いでもらえなかったことが、砥ぎの勉強を始めたきっかけでした。
「砥ぎに出すのが恥ずかしい」という言葉には、男尊女卑の時代と言われるような文化的背景をベースにした「女性の複雑な思い」が込められているのかもしれません。
◎最近は
依頼主に自分の価値観を押し付けてしまう砥ぎ師はまだ存在すると思いますが、ネットを中心に活動している研ぎ師の中には「私は自分の価値観を押し付けません」と告知している人もいます。
今は研ぎ師を選べる時代です。
サービス内容や考え方を見て、「この人なら安心してお願いできそう」と思える方に依頼することも可能になりました。
◎まとめ
南伊豆で砥ぎのご依頼を受けていると、いまだに「砥ぎに出すのが恥ずかしい」と感じる方もいるのですが、今の時代はむしろ自分の価値観にこだわるあまり、包丁ユーザーの要望に応えようとしない砥ぎ師の方が恥ずかしいと言えるかもしれません。
また、現代の包丁は、2000円台でも切れ味が良いものばかりです。
どうしても包丁を砥ぎに出すのが恥ずかしい場合は「買い替え」という方法も選択肢のひとつだと思います。
以上です。
