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リョータさんの動画はなぜ刃離れするのですか? 

更新日:2024年12月14日



研ぎ師リョータさんの動画のURLと一緒に「なぜ刃離れするのですか?」と質問をいただきました。

もう少し詳しく書くと、「リョータさんは冷凍したナスを切っていますが、両刃の包丁で切ってなぜ刃離れするのですか?」という質問です。



「リョータ」さんは、インスタグラムで100万人以上のフォロワーさんがいる研ぎ師です。

私もメッセージの交換をさせていただいたことがあり、包丁を研ぐ人、使う人に広く知られた方です。



質問いただいた動画は、以下の「凍ったナス」を切る動画です。

リョータさんのインスタグラムより引用



この動画は「凍ったナスと究極の切れ味の勝負」というタイトルですが、質問をくださった人は、リョータさんの包丁が両刃なのに刃離れすることを不思議に思ったそうです。



では、以下にその答えです。

今回は短い答えと長い答えを用意しました。

興味のある人は「長い答え」をどうぞ。




【短い答え】



「凍っているから」です。







【長い答え】


長めに回答すると、以下のような内容になります。

答えというか考察です。

考察の中から回答を見つけていただければと思います。




◎両刃で刃離れする条件


ナスが両刃でも刃離れする理由は複数あるのですが、主に「凍っているから(硬いから)」です。

「凍っている」と言ってもマイナス60度などの低温ではなく、一般的な冷凍庫レベルだと思います。



凍っている野菜は、切ったときに出る水分が少なく、毛細管現象が起こりにくいため刃離れします。

また、食材が硬いほど、曲がりながら切れる「ポテトチップス現象」が顕著になるため、凍った食材は右側にめくれて刀身から離れ、食材の重心が右に移動するので刃離れが良くなります。


「生のナス」でも、硬い品種のナス、水分の少ない品種のナスなどは、刀身が厚めの両刃包丁で切れば刃離れすることがあります。


そして動画を見ると、少し右に傾けて切っていることがわかります。

右に傾ける一番の理由は、「両刃だから(右に傾けて切らないと薄切りできない)」なのですが、右に傾けて切っていることも、重力の関係で刃離れ効果に微妙に貢献しています。


両刃で切る場合の刃離れは、刃先厚が厚く研ぎ角が鈍角になるほど効果が高くなります。

刃先厚が厚く砥ぎ角が鈍角な包丁の例として「セラミック包丁」があります。

「セラミック包丁」は、生の野菜を切っても刃離れする場合が多いです。


凍っているような硬い食材を切る場合は、刃先厚が薄く砥ぎ角が鋭角、つまり「普通の洋包丁」でも刃離れしやすくなります。

リョータさんが切ったナスは凍っていたので、普通の両刃の包丁で切っても刃離れする結果になります。


ただし、両刃で硬いものの薄切りは不安定な切れ方になり、実務レベルではうまく切ろうとすると疲れます。

「リョータさんだから動画のように切れた」と言えるかもしれません。





◎ポイントは毛細管現象


刃離れについて「片刃だから刃離れする」と言われることがありますが、それはもちろん誤りです。

たとえば和包丁の多くは片刃ですが、和包丁として正しく砥いであるものは野菜を切っても刃離れしません。

※大きな小刃がついている現代風の和包丁は新品状態で刃離れ効果のあるものもあります


さらに「両刃だから刃離れしない」というのも誤りです。

リョータさんの動画では両刃の洋包丁で刃離れしていますし、セラミック包丁のように刃先厚が厚めの包丁なら生のナスを切っても刃離れする場合があります。


以下の動画がその実験です。

「両刃で刃離れする」「片刃で刃離れしない」、この両パターンを見ることができます。


※片刃は刃離れが良いの? ―毛細管現象― より



いずれにしても、「毛細管現象を起こさない」という条件が揃っていれば、刃付けに関係なく刃離れします。

水分の少ない「パン」のカットならどんな包丁でも刃離れすることからもわかります。

リョータさんの動画では、ナスを凍らせることで毛細管現象が少なくなった結果刃離れしたというのが一番の理由です。






◎凍ったナスを切る動画の考察


動画をよく見てみました。

ご質問いただいた「刃離れ」を念頭に、私が感じたことを書いてみたいと思います。

私もまだまだ修行中の身なので人のことは言えないのですが、自分のことは棚に上げて書きます。

みなさんの疑問が解決するためのヒントになれば嬉しいです。




1:ヘタを切る場面


凍っているナスを切っているので、「硬い食材」を切ることになります。


この場面は、刃先の鋭さによる「切れ味」で切っているのではなく、包丁の厚さによって「割っている」と言えるシーンです。

つまり、「切る」ではなく「割る」場面です。


強いて言えば、前半は「切っている」と言えますが、これは主に刃先から数ミリの刃の薄さと、包丁の温度(室温)の影響でナスが少し溶け、柔らかくなっていることが理由です。


後半は、刀身の厚さが増すことと、包丁が冷えて温度が下がり、ナスが硬くて切ることができず、包丁の下向きの圧力によって割っています。


割れた直後の正面からの映像には、刀身の左側(画面で見ると右側)に、割れて砕けたナスが付着している様子も写っています(まな板の上にある白いものは、ナスに結露した氷が剥がれ落ちたものだと思います)。


硬い食材は、肉などの柔らかい食材と違い、包丁の厚さを吸収することができず、刃付けや刀身の厚さがダイレクトに影響します。

動画では、切り込み初期は、「刃の薄さ」と「刀身の温度(温度が高いためナスが溶ける)」によって刃が食い込みますが、後半になるとナスが刀身の厚さに耐えられず、包丁が右に滑り落ちながらナスが割れていることがわかります(ナスの断面が荒れて斜めに切れている)。


包丁が右に滑り落ちながらナスが割れる主な理由は、両刃だからです。

ナスの左側は手で押さえているため、切り分けのとき自由に動けるのはナスの右側だけになり、右側に滑り落ちるように包丁が動きます。


下図がそのイメージです。

包丁の右側がナスのヘタ側です。

両刃で食材を切るときは、通常①と②の力の合計の向き、つまりまっすぐ下向きに切る力が働きます。

しかし、凍ったナスの場合、左側をおさえると包丁は②の方に移動するしかなく、右に移動しながらナスが割れてしまいます。

※ナスが凍っていない場合は「柔らかさ」が刀身の厚さを吸収できるのでまっすぐに切れます



動画では、ナスが割れて断面がガタガタになってしまったため、次の場面からは、ガタガタの部分を取り除いて断面をキレイにしてから切り始める編集になっています。




以下に続きます。




◎5枚のナス


動画で5枚切っているので、1枚ずつ考察したいと思います。


ナス1枚目(正面から写っているアングル)

どの程度包丁を右に傾けるか、どの程度圧力をかけるか、どの程度刃渡りを使うかなど、切り心地を感じながら慎重に切っているようすがわかります。

包丁を前に移動する動きが滑らかでない場面がありますが、厚さはほぼ一定を保っています。

切る厚さによってナスの曲がり方(ポテトチップス現象)の度合いが変わるため、1枚目の厚さが次の薄切りの基準になります。


硬いものを薄切りするときに一番問題になるのが「両刃」という刃付けです。

リョータさんの動画で確認していただければわかるように、両刃で薄切りをするには刀身を右に傾ける必要があるのですが(自分から見て右、画面上では左)、刀身を右に傾けると、自分から見て刀身の左側が常に食材から離れることになり、食材と包丁の刃先だけが「線」で接触することになります。


線で接触するので、その線を中心に包丁がふらふらと動いてしまい、厚さが不安定になります(凍った食材を切るときはその度合いが強くなります)。

1枚目を切るときはこれらのバランスを考えながらゆっくり切ることになります。



下図はわかりやすく大げさに表現したイメージ図です。

食材に当たるのは緑色の部分です。

片刃のイメージも添えたので、なにかヒントになればと思います。

図は、右利きの人が自分側から見た映像です。






ナス2枚目

1枚目とほぼ同じ厚さで切り始めることができていますが、「断面が丸く硬いものを両刃で切る作業の後半では、前半と同じ圧力で切らないようにすることがポイント」とわかるシーです。

下向きの圧力の加減を意識せず断面が丸い食材を切ると、作業行程の終盤で下向きに切れるスピードが早くなります。

そのため包丁のロール方向の修正が追いつかず、包丁が右に滑り落ちそうになり、最後が薄くなっていることがわかります。

2枚目のナスは、リョータさんの技術があるからこそ、たとえ最後が薄くなっても断面を丸く切る(輪切り)ことができたのだと感じました。


私が働くレストランでは、包丁が右側に滑り落ちてしまうことを「ズッコケ(※)」と呼んでいます。

一般の人では、両刃の包丁で凍ったナスを薄い輪切りにするのは難しく、極端な場合、切り始めてすぐにズッコケてしまうと思います。


※ズッコケ現象がわかる動画(大根の半月切り)

1枚目が完璧なズッコケ現象です(^^:


ズッコケを防ぐために包丁を傾けていることもわかりますが、厚さやスピードが不安定です。

両刃ではこの現象が起こりやすいため、包丁で薄切りをしなくなり、スライサー(薄切り用の道具)を使って利き手をケガすることがあります。



※ズッコケない動画

参考までに、以下に「片刃」で切る薄切りの動画も紹介します。

両刃と比較して安定していることがわかります(なによりも切っていて楽しいです)。




備考:

ここで、硬い食材を左手で押さえて両刃で切った場合の「割れ」や「ズッコケ」をある程度防ぐ方法について書きます。


たとえば硬くて断面の形が丸いもの(円状のもの)を切るとき、作業行程の前半の終わり、つまり「外径が一番長い部分まで切る行程(下図①)」では、切るために必要な圧力が強くなり続けます。


しかし外径が一番長い部分を過ぎ、作業行程の後半(下図②)に移ると、切るために必要な圧力配分が前半とは逆転します。



作業後半になってもそのままの強さで下向きの圧力をかけ続けると、最後の最後に食材が一気に切れてしまうことになります。


意に反して一気に切れるので、包丁にかける「圧力」とロール方向の「角度」を修正する時間がとれません。

その結果、硬くて断面が丸い食材を切り分ける作業の場合は、刀身が右に滑り落ちながら「割れ」が起こり、薄切り作業の場合は「ズッコケ現象」が起こります。

さらに、一気に切れてしまうということは、ほぼ垂直切りになってしまうということで、食材の断面が荒れることになります。

たとえばトマトを切るときは、前半と後半で皮と実の位置関係が逆転するので、後半で丁寧に切らないと、皮が実から離れてしまうことがあります。


これらの解決策は、丸い食材を切る作業の前半が終わったら、下向きの力を抜きながら丁寧に切ることです。

そうすることで、後半の余裕が出てくるのである程度美しく切れます。




ナス3枚目

直前に切った2枚目のナスは、作業後半で刀身の右ロール方向の修正スピードが追いつかず、左側の切り刃が右に滑り落ちる形で最後が薄くなりました。

そして3枚目のナスは、最後が厚くなっていることがわかります。

3枚目のナスの下の部分の厚さを見ると3㎜以上あり、2枚目のナスの下の部分と合わせると、4枚目以降につじつまが合う幅に切れています。

2枚目の教訓を活かして修正をし、4枚目を切ることに備えてナスの断面をまな板に対して直角にしておく必要があると考えた結果だと思います。

直前に起こった状況に対して受け身にならず、前後の状況を考えながら積極的に切っていることがわかります。

リョータさんもこの時点で気持ちがリセットされ、4枚目を切るのが楽になったのではと感じました。




ナス4枚目と5枚目

慎重に切る必要があるためゆっくりではありますが、4枚目は安定していると思いました。

5枚目は最後が少し薄いですが、安定していると思います。

それまでの3枚を切ることで、包丁の圧力の配分や右ロールの傾き加減を決めることができたのだと思います。




両刃の包丁で凍った食材を切るときは、右に傾け、しかもズッコケないように包丁全体に左向きの力をかけながら切ることになります。

片刃で切るより技術的に難しいのですが、凍った「ナス」を切る選択は良い選択だと感じました。

ナスはもともと水分が少ないスポンジ状の食材なので、凍っても比較的刃先に優しく、たとえ溶けても毛細管現象が起こりにくい食材だからです。

しかし、やはり凍ったナスを両刃で薄切りするのは、リョータさんでも難しそうに見えました。

※生の野菜の薄切りについては以下も参考に

両刃では薄切りしにくい理由も書いてあります





◎全体として


そもそも動画のタイトルは「凍ったナスと究極の切れ味の勝負」なので、この動画が伝えたかったことは、凍ったナスを切った後も紙の筒を切ることができるかどうかです。

動画では、凍ったナスを切った後に紙の筒を切ることができたので、「究極の切れ味の勝利」という結論になるかと思います。


また、動画のリョータさんは5種類の砥石を使っていたように見えました。

普段1つの砥石しか使わない私にとって、5種類以上の砥石を使う世界は別次元です。

私のように、そこそこの切れ味で「薄切りの刃離れ」を楽しむ人、リョータさんのように「究極の切れ味」を追求して楽しむ人、人によってそれぞれ包丁の楽しみ方があると感じました。






参考1:凍ったナスが割れないように切るには


「切れ味」の要素にも主に4つの種類があり、リョータさんの砥ぎは、刃先を下図の赤丸のように「究極」に仕上げています。




しかし「凍ったナス」を割らないように切るためには、刃先の鋭さよりも、刀身全体の薄さが大切です。

具体的には、「3 切り抜け」の「薄い刀身」です。

カミソリのような薄い刀身で切れば、動画のナスが割れずに切れそうだと想像できると思います。


「薄い刀身の包丁」と言えば、ダイソーの包丁か、KISEKI:という包丁の1.15㎜の薄い包丁があります。

これらの包丁なら、凍ったナスが割れずに切れる確率が高くなりますが、結局最後には割れてしまうかもしれません。





参考2:ユニバーサルエッジで切ったナス


以下は、私がユニバーサルエッジで切ったナスの動画です。



途中で1枚くっついたり、後半にかけて刀身が右ロールしてしまったり、ツッコミどころはたくさんありますが、ユニバーサルエッジは生のナスを切っても動画のように刃離れします。

もちろん凍ったナスを切っても刃離れしますが、冷凍系で現実的なものは、「半解凍の肉」の薄切りかもしれません。

しゃぶしゃぶなどに使う「肉の薄切り」については以下の動画が参考になればと思います。

半解凍した豚肩ロースの薄切り



余談:

バーなどでは、凍った野菜ではなく、グラスに入れる氷そのものを包丁で切ることがあります。

「切る」というよりも「叩く・削る」という作業です。

興味がある人は検索してみてください。

包丁の使い方にもいろいろあることがわかります。



以上「リョータさんの動画はなぜ刃離れするのですか?」の回答でした。

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