みなさんはトマトを切るときの第一刀を引いて切りますか?押して切りますか?
和包丁は主に「引き切り」、洋包丁は主に「押し切り」と言われることがあり、仮説ではありますが一応根拠はあります。
頭の片隅に置いておく程度で読んでいただければと思います。
和が「引き」、洋が「押し」の理由は、砥石で砥ぐのか、砥ぎ棒・簡易シャープナーで砥ぐのかの違いが影響しています。
包丁の刃先を拡大してよく見ると、ノコギリの刃のようにギザギザしています。
砥石で砥ぐと、刃先のノコギリ刃がハンドル側を向くので「引き」に適した刃付けになり、砥ぎ棒や簡易シャープナーで砥ぐと刃先のノコギリ刃が切っ先側に向くので「押し」に適した刃付けになります。
そのことが、無意識のうちにそれぞれの切り方に影響しているのかもしれません。
以下の2つの図「ノコギリ刃のイメージ」をご覧ください。
上の図が、引いて切れる本来の「ノコギリ刃」の刃先です。
そして下の図は、実際にあったら「切れにくい刃先の例」です。
オレンジ色の部分は食材です。
水色の矢印は、包丁を引いたときに進もうとする向きを示しています。
ノコギリの刃が直角よりも強くハンドル側を向いていることで、木材にひっかかった刃に下向きの力が加わり、引けば引くほど刃が食いこみます。
刃の角度が強すぎると食い込み過ぎてしまうため、一般用としてバランスの取れた角度や間隔で刃が並びます。
写真を見ると、ノコギリの刃の先がハンドル側に向いていることがわかります。
包丁の刃先にも、ノコギリ刃と同じようなことが起こっています。
以下はベルトサンダーを使い、ジルコニア80番のベルトで砥いだ包丁です。
ベルトは手前に動くので、砥石で砥いだのと同じ方向で砥いだことになります。
そしてこの包丁の刃先に出たバリに注目してください。
右側が拡大写真です。
写真のバリは、刃付けや刃線を大胆に変えるときの行程でよく目にします。
ノコギリの刃と同じ向きになり、引いて切るのに適した形だとわかります。
実際、指の上に乗せて包丁を押した場合は刃が滑りますが、引いた場合しっかりと指に食い込み、そのまま引けば指が切れてしまうと思われました。
この包丁はその後、番手を上げて最後は6000番で仕上げますが、目に見えないノコギリ状の凹凸は刃先に残ると思われます(砥ぎ方によります)。
刃がハンドル側に向いていると、包丁を引いたとき、食材に対して「刃のかかりが良い」という状態になります。
かかりが良いと食材の上を滑らないため、トマトでは、包丁を動かした瞬間に皮が切れる気持ち良さを生み出します。
条件によっては、「トマトを切るとき、押して切れないが引けば切れる」という状況もあり、他のスタッフがそのような刃先の状態を経験しています。
木材も野菜も植物なので、野菜のことを「水分が多い木材」と考えれば、木工の考え方で野菜を切っても間違いではないと理解できます。
以下が砥石で砥いだときのノコギリ刃のイメージ図です。
一方、砥ぎ棒や簡易シャープナーは、アゴから切っ先に向けて砥ぐことが多く、理論上は下図のように、砥石とは逆の向きでノコギリ刃がつきます。
ということで、砥石で砥ぐと「引き」に適した刃付けになりやすい傾向があり、砥ぎ棒や簡易シャープナーで砥ぐと「押し」に適した刃付けになりやすい傾向があります。
和包丁は「引き」、洋包丁は「押し」と言われる理由は、和包丁は砥石で砥ぐ、洋包丁は砥ぎ棒や簡易シャープナーで砥ぐという文化的背景が根本にあるからと言えるかもしれません。
ただし、実際の包丁の刃付けは複雑で、この2種類だけではありません。
たとえば表側がノコギリ刃のような仕上げになっても、砥ぐ人によっては裏は逆向きで研いでいたり、違う角度で砥いでいたりするかもしれません。
裏スキの砥ぎ方の向きでも、微細なノコギリ刃の向きが変わります。
ちなみに「薄刃包丁」は砥石で砥ぎますが、押して使うのに適した形の包丁です。
刀身の形や片刃という刃付けは、ノコギリ刃の向きよりもさらに大切な要素になる場合がほとんどだからです。
ノコギリ刃の向きは、食材を切る作業に対して「気にするべき優先事項」の順位や影響力が小さいと言えます。
◎砥ぎキズで想像
もし興味があって刃先のノコギリ刃の向きを知りたいときは、切り刃の砥ぎキズが残っている包丁の場合、そのキズの向きで想像する方法があります。
以下の写真は、ジルコニア80番のベルトで砥いだ右側の刃先の拡大です。
切り刃についている砥ぎキズの延長上に、同じ向きでバリが出ています。
切り刃の傷を見れば、包丁の刃先の状態をある程度想像することができます。
いずれにしても、これらはとても細かい話なので、一般家庭で使う家庭用万能包丁の話としては重要ではないと思います。
◎紙筒切り
良く砥がれた包丁で、丸めた紙の筒を切る動画がありますが、私が見た動画ではどれも引きながら切り始めています(「そぎ切り」に似たフォームです)。
引いた方が刃の「かかり」が良いことと、切れ味を増すために刃渡りを長く使いたいはずなので、「引き切り」になるということかもしれません(押しながら切っても紙の筒を切ることができるのか興味があります)。
ちなみにユニバーサルエッジの「レベル8の切れ味」では、押しても引いても紙の筒は切れません。
紙の筒を切るには、砥石を使い分け、ある程度コストをかけた丁寧な砥ぎ方が必要になると思います。
※レベル8の切れ味とは→こちら
以上、和包丁が「引き」洋包丁が「押し」の理由についての話でした。
後日談:
知人が「押し切り」による紙筒切りに挑戦してくれました。
2つの動画のうち前半は、まさに「押し切り」なのですが、後半は包丁を逆に持って引いて切るタイプの「押し切り」です。
※私も、左刃付けのユニバーサルエッジの試し切りのとき、包丁を逆に持つことがあります
動画ではしっかりと刃がかかり、「鋭い刃付けはノコギリ刃の向きに関係なくかかりが良い」ということがわかりました。
こだわりの研ぎは、押しても引いても切れ味抜群で、興味深く見ることができました。
前半の動画(ハンドルを持った押し切り)
後半の動画(逆持ちの押し切り)
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